誤解だらけの原子力発電所40年運転期間制限


国際環境経済研究所前所長

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40年問題

 「40年問題」という深刻な論点が存在する。原子力発電所の運転期間を原則として40年に制限するという新たな炉規制法の規定のことだ。その条文は以下のとおりだが、原子力発電所の運転は、使用前検査に合格した日から原則として40年とし、原子力規制委員会の認可を得たときに限って、20年を越えない期間で運転延長できるとするものである。

(運転の期間等)第四十三条の三の三十一 発電用原子炉設置者がその設置した発電用原子炉を運転することができる期間は、当該発電用原子炉の設置の工事について最初に第四十三条の三の十一第一項の検査に合格した日から起算して四十年とする。
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前項の期間は、その満了に際し、原子力規制委員会の認可を受けて、一回に限り延長することができる。
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前項の規定により延長する期間は、二十年を超えない期間であって政令で定める期間を超えることができない。
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第二項の認可を受けようとする発電用原子炉設置者は、原子力規制委員会規則で定めるところにより、原子力規制委員会に認可の申請をしなければならない。
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原子力規制委員会は、前項の認可の申請に係る発電用原子炉が、長期間の運転に伴い生ずる原子炉その他の設備の劣化の状況を踏まえ、その第二項の規定により延長しようとする期間において安全性を確保するための基準として原子力規制委員会規則で定める基準に適合していると認めるときに限り、同項の認可をすることができる。

 この問題は、電力会社の経営や電気料金に大きな影響を与える。というのも、原子力発電所は大きな初期固定投資を必要とする一方、償却が終了すればその後は変動費のみのコストで運営できることから、安全性が確保される限りできるだけ長期間運転できた方が経済的に有利になるからだ。
 2013年7月現在、日本の50基の原子力発電所中運転開始から30年を越えるものは17基、そのうち35年を越えるものは10基(うち3基は既に40年を越えている)ある。したがって、近いうちに電力会社はこうした高経年炉に関して、運転延長の認可を申請するかどうかの決断を迫られる。それもちょうど40年のタイミングでは間に合わず、満40年を迎える2年くらい前までには、延長申請するかどうかを社内的に決定しておかなければならない。
 その決定を下すためには、認可を得るために必要となる安全対策に関する追加投資コストがどの程度になるか、またその資金調達がどのような条件で可能となるかが明らかになっていなければならない。さらには、仮に認可が下りるとしても、延長期間として何年が認められるかが予測できない場合には、こうした決断は極めて困難な行為となる。

40年は科学的・合理的に決まった期間なのか?

 この運転期間制限を規定した炉規制法は議員立法だったのだが、そのことはすでにほとんどの人が忘れている。その結果、この炉規制法は(3条委員会であるとはいえ)政府の一員である原子力規制委員会が字義通りに運用しなければならないと考えている人も多いのではないだろうか。しかし、議員立法は議員によって国会で提案され、法案の趣旨説明や質疑も議員同士・会派同士で行われるのであり、政府がその法案の第一義的解釈を行うのではなく、法案の提案者である議員が発議者・立法者としての意思を質疑の中で表明していくこととなるものなのだ。
 本件に関して具体的に言えば、政府を代表する細野環境大臣が参議院環境委員会において、次のような発言を行っている。(以下、下線はすべて筆者)

国務大臣(細野豪志君) 法案の提出というか、責任自体は議員、委員長提案ということでありますので、皆さんということだと思いますけれども、私の方から政府としてどう解釈しているのかということについて申し上げます。
(参議院環境委員会 – 平成24年06月18日)

 すなわち、政府解釈は二義的なものだということだ。
 さて、それではこの40年問題についての発議者の意思はどうだったのか。次のやり取りをご覧頂きたい。

加藤修一君・・・
私は、三・一一の悲惨な事故を考えたならば、この当初出てきた四十年ということについてはしっかりと対応すべきではないかと、このように考えており・・・(略)
衆議院議員(田中和徳君)
 今の加藤先生のお話でございますが、私たちも一応、この法案を提出するに当たりまして、四十年については認めた形になっております。
 ただ、先ほど来より申し上げておりますけれども、四十年という数字の設定は、先生が一番御存じのように、やはり少し政治的な数字であろうと思っておりますし、科学的な知見だけに基づいて決定した数字でもないと思っております。そういうことで、元に答弁戻るわけでございますが、四十年は取りあえず私たちは尊重して、四十年の数字をこの法文の中にも入れてございますけれども、新たなる組織が国会の中で選ばれ、成立し、スタートした時点では、やはりその委員会並びに規制庁の考え方を尊重すべきだと、このことについては重ねて答弁をさせていただきたいと思っております。
加藤修一君
(略)・・・科学的、技術的な数字だけで決めていいんですか、こういうものっていうのは。政治的な面だってあるわけですよ。政治的に決めていい数字だって私はあると思っていますよ。
衆議院議員(田中和徳君)
(略)・・・・国民の皆さんは一人一人プロではありませんけれども、やはり三条委員会の中で選ばれた委員が真剣に調査をして、検討をして、責任を持って示していくということが、私たちが今考えられる一番大切なことではないかと思っております。
 四十年については、率直に申し上げまして、私は正直に言いますけれども、それほど科学的な調査あるいはいろんな根拠に基づいて出た数字ではないと思いますけれども、四十年が示されたという意味も私たちは了解をいたしまして、この法案の中に入れさせていただいたところでございます。
 ただ、新しい組織ができたときには、当然このことも含めて委員会の中で正しい判断がなされ、国民に示されていくものだと思っております。
(参議院環境委員会 – 平成24年06月18日)

 すなわち、40年という運転制限期間は仮置きの数値で、原子力規制委員会発足後にその期間の妥当性について根本的に科学的分析を行って吟味していくことが予定されていたのである。さらに次のやり取りを見れば、発議者(民主党、自民党)の趣旨は明らかである。

吉井議員 ・・・
環境大臣と動議提出者に伺っておきますが、速やかに検討とか所要の措置という文言がありますが、いつまでにどのような方向での検討の見直しなのか、これはさらに延長することもあり得るということなのか、伺います。
近藤(昭)委員
貴重な御質問をいただいたというふうに思っております。
 四十年運転制限制度というのは、経年劣化等に伴う安全上のリスクを低減する観点から重要な制度、こういうふうに考えておるわけであります。
 新たな科学的知見に基づいて安全規制を不断に改善し、また、この法案によって新たに設置される原子力規制委員会の委員長及び委員の知見に照らして検証されることが重要である。御指摘の四十年の運転制限の規定を含め、施行の状況を勘案して速やかに検討を加え、安全規制全体に関して見直すというのが、この速やかに検討、所要の措置ということであります。
(衆議院環境委員会 – 平成24年6月15日)
水野賢一君
そうすると、今の話は、委員会が今後専門家としての見地から四十年というのを例えば六十年というふうに延ばすということもあり得るかもしれないし、二十年ということにすることもあるかもしれないしという、そういうニュートラルな、法文上はニュートラルだという、そういう理解でよろしいですか。
衆議院議員(田中和徳君)
全くそのとおりです。
(参議院環境委員会 – 平成24年6月19日)

原子力規制委員会は40年問題を真剣に検討したのか?

 上記のように、立法者はこの40年問題について、明らかに原子力規制委員会の良識と専門性を信頼し、委員会発足後に抜本的な検討が行われることを期待していたことは明らかである。また原子力委員会設置法の附則や国会決議においても、同趣旨のことが規定されている。
 また、下記の参議院付帯決議の中に「既存の高経年化対策等との整合性を図る・・こと」とある。その理由は、IAEAによって求められている「定期的に経年劣化も含めた総合的な安全再評価(定期安全レビュー)」について、日本は既に運転年数30年を過ぎた段階からこの定期安全レビューを行ってきているからである。その点をとらえ、原子力学会は、2012年6月7日に出された原子力学会声明「原子力安全規制に係る国会審議に向けての提言」において、日本では、継続的な安全性向上の観点から40年運転制限より厳しい措置を既に講じていると見ることができ、「『40年運転制限性』の採用に当たっては、本来、規制機関が、純粋に安全性の視点に立ち、合理的・科学的議論を堂々と開かれた形で行い、運用する制度についても合理的・科学的な説明が可能でなければならない」と述べている。

原子力規制委員会設置法附則第九十七条
 附則第十七条及び第十八条の規定による改正後の規定については、その施行の状況を勘案して速やかに検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする。

参議院附帯決議
 二十二 ・・・また、発電用原子炉の運転期間四十年の制限制度については、既設炉の半数近くが運転年数三十年を経過していることから、既存の高経年化対策等との整合性を図るとともに、今後増加が見込まれる廃炉について、その原子炉施設や核燃料物質などの処分の在り方に関し、国としての対策を早急に取りまとめること。
 二十三 ・・・本法附則に基づく改正原子炉等規制法の見直しにおいては、速やかに検討を行い、原子力安全規制の実効性を高めるため、最新の科学的・技術的知見を基本に、国際的な基準・動向との整合性を図った規制体系とすること。

 こうした状況に対して、原子力規制委員会はどのようには反応したのか。
 田中原子力規制委員長は、発足直後の記者会見で次のように答えている。

(平成24年9月19日)
 それから、40 年廃炉はアプリオリに決めるのかという話が、国会でも質問がありました。ただし、私は 40 年というのは、1つの技術の寿命としては、結構、そこそこの長さだというふうにお答えしました。当初、それを開発してつくった人たちも、ほぼ卒業するような人間であります。
 それで、今後、規制委員会としては、バックフィットというのは非常に重要になります。40 年前の炉をつらつらと眺めてみると、40 年前の設計は、やはり今これからくろうとする基準から見ると、必ずしも十分ではないというところがあります。
 では、そのバックフィットをどういうふうに今後課していくかということの中で、40 年を超えて 20 年延長する、もっと延ばすという対応が、本当に事業者がするかどうかということは、これは、今、私は判断できないですけれども相当困難なことであろうと思います。
 政治的にそういう発言があったのは承知して、あとは規制委員会に任せますというのも、これもちょっとどうかと思いますが、それは、そこまで言う必要はないのかもしれませんが、基本的にはそういう考えでいます。

 「ちょっとどうかと思う」という認識は、ちょっとどうかと思う。立法者の意思として、きちんと原子力規制委員に信頼できる専門家が選ばれ、委員会が機能するようになってから、きちんと40年問題についての科学的調査分析を行うことを期待していたことに対して、そうした検討も行わない前から原子力規制委員会はそうした期待に沿うことはしないと宣言するようなことは、法律による行政という法治主義そのものを危うくする姿勢ではないだろうか。
 田中原子力規制委員長が、40年という期間の妥当性そのものについての検討を行うつもりはなく、単に延長条件の検討が原子力規制委員会の役割と考えていることが次の発言に表れている。

 (平成 24 年 12 月 12 日)
 原則は40年で終わりなんです。状況によっては、それを延長することもできると書かれていますので、延長するに当たっては、どういうことが条件になるかというのは、今、議論をしている最中なんです。そういうことがきちっと出されてきて、かつ、事業者がそれに対応してきた場合には、そこでもう一回考えなければいけないわけです。原則は40年で、御指摘のとおりです。

 筆者は、原子力規制委員会が規制活動や手続きについて法的根拠があいまいなまま進めていることに対して、ことあるごとに警鐘を鳴らしてきたが、この40年問題やそれを含む改正炉規制法全体の見直しについても、法律や国会決議などに定められた要請を無視していくのではないかと危惧している。
 「安全のため」と言えばどんな方法でも許されるというものではない。原子力発電のように、国民の生命・財産にかかわる重要なことは、法的な事項について神経質なくらいコンプライアンスが求められる。特に法を実施する行政機関であり、かつ独立性が強い3条委員会であるからこそ、自らのガバナンスについて襟をたださなければならない。
 「安全はすべてに優先する」ということは、「だから他のことはすべて無視してよい」ということと同義ではないのだ。