2013年6月 ボン国連作業部会見聞録

「ドーハの悲劇?」復讐劇~COPプロセスの「終わりの始まり」


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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 6月3日~14日、ドイツ、ボンのMaritim Hotelで国連気候変動枠組み条約の特別作業部会が開かれ、11月にワルシャワで開催されるCOP19に向けて最後の事前交渉が行われた。筆者も経団連代表として6月11日から最後の3日間、参加してきたので、現地での見聞録を報告したい。なお、日本政府による交渉成果に関するまとめは外務省ホームページに詳しく報告されているのでご参照いただきたい。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page3_000243.html

 本稿では、筆者が現地入りした直後に開催された「条約実施に関する補助機関」(SBI)交渉の全体会合で見聞した事象が、今後の国連交渉に大きな影響をもたらすものと思われるので、現地レポートに筆者の分析を交えて紹介する。

 今回の作業部会では初日からSBI交渉の場において、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの3カ国が提案した、交渉アジェンダの追加修正案を巡って、賛否が激しく対立し、筆者が現地入りする前からずっと、1週間以上にわたって審議がストップしていた。

 ロシア他3カ国が提案した追加アジェンダは以下のアジェンダ19である。

 実は昨年のCOP18@ドーハにおいて、最終日まで交渉がもめて会期を大幅延長する中、京都議定書のホットエア(余剰割り当て排出枠)の第二約束期間への繰越を否定する動議を含む最終合意文の決議を、ロシアの反対を押し切って(交渉官が立ち上がって議長にobjectionを叫んだにもかかわらず)、カタールのアッティヤ議長が強行採決した結果、大量のホットエアを持つロシア、ウクライナなどは、巨大な(機会)損失を蒙った。(保有ホットエア概算:ロシア10億トン、ウクライナ4億トン)
 そもそも気候変動枠組み条約での意思決定は、コンセンサスベース注1)で決めるべきものであるにもかかわらず、COP16のカンクン合意では、只1国反対を続けたボリビアが、議長に押し切られて強行採決されたという前例があり、その際ボリビアは「今回はわが国だが、いつ他の国が同じように理不尽な立場に追い込まれるか分からない。それでよいのか?」と警告していた。
 上記のような背景からロシアはウクライナ、ベラルーシを伴って、COPならびにその下部機関の意思決定方式について、明確化と厳密な法的手順を求めて、SBI議事への上記のアジェンダ19の追加を求めたものと理解される。
 第一週から週末にかけて、SBI議長ならびに各国交渉官による舞台裏での3カ国説得工作にもかかわらず、アジェンダ19の追加を求める3国の態度は硬く、打開の目処が立たないまま12日午前11:30にSBIのプレナリー(全体会合)開催が発表された。幸運にも筆者が会場に入ったのはその直前の11時であった。
 実際には予定より約1時間遅れの12:30から始まったプレナリーで、トーマス議長(Tomaz Chruszczow:ポーランド主席交渉官)から、前週からの交渉経緯説明と共に、調整に失敗した旨の報告があり、議事を開始するための最後の手段である議長提案(Solution Box)として「ロシア等3カ国が求めている議題事項は理解できる。議長として本件をアジェンダ17注2)で取り上げ、政府間の検討のためのコンタクトグループを立ち上げることを約束するので3カ国の提案するアジェンダ19を削除した暫定アジェンダ(revised provisional agenda version 10 April)の採決を求める。」と提案した。
 そこでロシアは間髪をいれずに発言を求め、議長提案について、「明確に反対」を表明。ウクライナ、ベラルーシもこれに追従した。
 これに対しG77+中国(途上国の連合)を代表し、フィジーが議長案に賛成を表明。これにEU、AOSIS(島嶼国連合)、Umbrela Group(EUを除く先進国連合)、LMDC(新興国連合)、LDC(最貧国連合)など、さまざまな国の連合体も同調を表明した。個別に米国も「3カ国の主張ももっともであり、採決方式をもっと明確化する必要はあるが、稀に見る広いコンセンサス(unusually broad consensus)が得られているとして、まずは現行アジェンダで審議入りするべき」と主張。日本も1週間にわたる作業時間のロスを遺憾として議長提案を支持。シンガポールがかなりの時間を使って「いかなる締約国も新たな議事提案をする権利を有するが、新たなアジェンダを盛り込むためにはコンセンサスが必要だと協調。それがないとUNFCCCのあらゆる会合で新しいアジェンダが持ち込まれて混乱をきたす。」と主張。「協議を継続しながら案件について平行して議論するという従来のプロセスを踏襲しないことは遺憾だ」とした。
 ここで議長は「(COP17の)ダーバンでは、議題採決を経ずにCOPおよびCMPの作業を開始し、後で議題採決を行った」との前例を確認し、あらためて議長提案への賛成を求めたが、ロシア他3カ国が再び反対を表明。「反対を表明していることを記録に残す(on the record)べし」と明言して、流れに任せた採決を拒否。そうしたロシアの動きを受けてツバルは、投票(多数決)による採決を求めたが、議長はあくまで「(本交渉では)投票採決は認められておらず、コンセンサスで決定すべき」とこの提案を却下した。
 つづいてG77+中国グループは、一部の国による議事ブロックは、危急存亡の時にある地球温暖化問題解決を足踏みさせるもので、「Principle of Necessity」(必要性の原則)に基づき、議長は「世界の国々を救うために」「今後の方針について小槌をたたく(採択を宣言する)」ように要請した。現実の必要性と温暖化対策という事態の緊急性を考えれば、本来のルールを逸脱した採決も許されるべき、との主張である。しかし、考えてみればこれこそがロシアがドーハで屈辱を味わい、明確なルール化が必要だと訴えている点なのである。ここで行き詰った議長は15分間の休会を宣言して一旦議事進行は中断された。

休会中に事後策を相談する議長
他事務局関係者
休会中のロシア、ウクライナ、
ベラルーシの作戦会議
注1)
United Nations Framework Convention on Climate Change, Article 7 Conference of Parties Conference of Parties.2.(k) (it shall) Agree upon and adopt,by consensus, rules of procedure and financial rules for itself and for any subsidiary bosies;
注2)
17. Arrangements for intergovernmental meetings.

 こうした混乱の中、約20分の休止の後、議事が再開されたのだが、冒頭にロシアが発言を求めて、通常こうした場で認められている発言時間3分を大幅に超えて、約30分にわたり以下の主旨の演説をパソコン画面を見ながら行った。曰く、「意思決定のルールの明確化を行っておくことは必要。さもないと2015年に予定されている20年以降の新枠組み合意についての採択にも支障をきたすことになるだろう。そもそも京都議定書の条約としての成立は、最後にロシアが批准したことで実現したことを思い起こしてもらいたい。われわれは意思決定の手続きルールについてCOP決定を作成するように求める。「必要性の原則」に基づいて議長が決議を強行することはいかなる場合でも許されない。コンセンサスなくして議題を採決することは手続きルールの侵害になる。」

演説するロシア交渉官(時計は発言が27分を超過していることを示す)

 ここで議長は、「議題についてコンセンサスを得ることができないので、SBIの作業開始はできない。この会議はparty driven(締約国主導)の会議体であり、議長が独断で何かを進めることはできない。何かを決めるのはあくまで締約国の意思による。」との主旨の発言をし、フィゲレスUNFCCC事務局長に発言を求めた。
 フィゲレス事務局長は「COP18(ドーハ)の最後におきたことは不幸なことだったが、仕方が無かった」と弁明した上で、今回は議題採択無く作業を始めることはできないが、次回の会合でこの事態が打開されることを期待する、との旨の発言をし、閉会となった。

分析と所感

 SBIにおけるロシアの頑な態度は、「確信犯」的なものであり、プレナリー最後におこなった大演説はパソコンを見ながらのものであったので、おそらく本国から周到に準備してきたものと思われる。そもそもCOP/SBIでの意思決定ルールについては1996年COP2で提案されたルール案(3分の2の多数決で決議する案Aとあくまでコンセンサスで決める案Bがオプションとして併記されている:下添付Rule42参照)が、毎回のCOPで提案されるものの、締約国間の合意がえられないまま今日に至っている。結局、「コンセンサスで決める」としたUNFCCC本文にかかれた原則以外の議決ルールがないまま長年交渉が進められてきたという実態がある。

FCCC/ CP/1996/2 Rule42

 結局COP/SBI交渉は正式な議決ルールに合意できないまま、「コンセンサスで意思決定する」という条約本文の精神を前提とした慣例に基づき、決議する歴史を積み重ねてきており、コンセンサスが得られず決議ができなかったコペンハーゲンCOP15、ボリビアの反対やロシアの反対を土壇場で強硬に押し切って議長が「コンセンサス(?)」で議決したCOP16、COP18など、COPは厳密な意味で意思決定機関として機能しなくなってきているのが実態だったといえる。
 こうした背景の中で、10億トンものホットエアのキャリーオーバーの無効化を(明確な反対にもかかわらず)ドーハで議決されたロシアが、とうとうキレて、ルールの明確化(と昨年の決議の無効化?)を求める行動に出たのが、今回のボン準備会合だったわけである。
 これは190カ国にのぼる締約国の間で、コンセンサスで物事を決めるという、そもそも無理筋であったUNFCCCの「パンドラの箱」を、ロシアがとうとう平場で開けてしまったという意味で、本国連交渉プロセスの「終わりの始まり」になるのかもしれない。
 2015年の合意を目指す、2020年以降の「全ての主要国が参画する」新包括枠組みの交渉の本質は、これもUNFCCCの根幹原理となっているCBDR(共通だが差異ある責任原則~先進国と途上国の扱いや義務に差を設ける原理)の克服にあるが、CBDRを残すか消すか(超越するか?)、いずれのオプションも190カ国のコンセンサスを得ることは困難を極めるだろう。
 それどころか、締約国の脱退規定はあるものの、キックアウト(特定国の追い出し)規定のないUNFCCCにおいて、ロシアほか3国が締約国として現状のポジションをとり続ける限り、予算の審議を含む運営実務上の重要案件審議を行うSBIにおいて審議に入ることができず、半永久的に審議をブロックすることが可能なのである。(仮にSBIで妥協しても、ロシアにはCOPの場で再びアジェンダ提案をして、意思決定ルールの明確化を求めるという戦術も取りうることも念頭に置く必要があろう。)同じ手法は、どの締約国も利用できることから、納得のいかない交渉については、次回の会議の冒頭で審議をブロックできるという前例を示したものともいえる。
 シリア問題を巡り、国連の安全保障理事会の場では、常任理事国であるロシアがシリア制裁について拒否権行使の姿勢を続けるため、デッドロックに乗り上げているが、この常任理事国ロシアの「拒否権」を無視して強行採決したのがドーハの決議であった。そのロシアが温暖化交渉の場で「拒否権」を求めて声を上げたことの外交交渉上の意味は小さくないだろう。もともと190以上の締約国の間で、巨額の資金、南北問題、経済成長問題、化石燃料使用量などの複雑に絡み合う利害を調整して合意をしなければならないCOP交渉に、全ての国が拒否権を持つ厳密なコンセンサスルールを明確化したら、おそらく交渉は難渋を極め、実体のある枠組みに合意するのは極めて困難となるだろう。
 COP18での「ドーハの悲劇」は、ロシアによって「190カ国のコンセンサスが必要」というCOPの「パンドラの箱を開ける」事態を招き、国連気候変動枠組み交渉の「終わりの始まり」となるかもしれない~これが筆者がボンで抱いた所感である。

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