地球温暖化が止まっている?

エコノミスト誌記事が引き起こす波紋


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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温暖化停滞の謎

 話をエコノミストの記事に戻そう。同記事は「気温は短期的に変動するものだが、この温暖化停滞は驚きだ。英リーディング大学のホーキンズ教授によれば、2005年以降の地球の気温は、20に上る気候モデルの予想幅の下限に留まっている。このまま停滞が続けばあと数年でモデル予想の範囲外に出てしまう」ということから、「温室効果ガスの排出増と温暖化の停滞は気候科学の最大の謎になっている」としている。
 同記事は続いて、温暖化を引き起こすメカニズムについて解説する。大気中のCO2濃度が倍増するごとに注2)約1℃の温度上昇が引き起こされるが、話はそれほど単純ではない。CO2濃度の上昇は同時に水蒸気や雲の発生量に影響するが、これらは気温上昇を加速する側面と抑制する両方の側面を持っている。また経済活動や火山噴火の結果排出される煤やエアロゾルなどの大気汚染物質も、温暖化効果を増強あるいは抑制するという。こうしたさまざまな効果を総合した、CO2増がもたらす正味の温度上昇の度合いを「気候感度」と呼ぶ。こうした複雑な効果の存在自体について気候科学者たちの間に異論はないが、「気候感度」の強度については合意がないという。
 主流派と言われる気候学者が占めるIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第4 次報告書では、そうした副次効果を加えた、CO2濃度が倍増した場合の正味の気候感度として、3℃±1℃の上昇を予想している。平均気温3℃の上昇は旱魃や生物種の絶滅、海面上昇など、深刻な被害を引き起こす可能性があるという。
 一方で同誌は別の研究も紹介している。ノルウェー政府が資金支援するオスロ大学の研究では、IPCCとは異なる方法論を使い、CO2濃度倍増のインパクトを1.2~2.9℃と大幅に低く見積もっているとし、IPCCとは異なる(低めの)予想をする研究を複数紹介している。

予測モデルの相違

 こうした予想結果の相違は、モデルの構造がもたらしているという。IPCC の主流派が援用しているGCMモデル注3)では、世界を細かな地域に細分し、膨大な計算を行って影響を積み上げるボトムアップアプローチである。このモデルのメリットは極めて精緻な点で、科学者の気候現象への理解の仕方と合致しているが、デメリットとして、新たに観測される気温データに対応しないことがある。
 一方、ノルウェーの研究などが用いているエネルギーバランスモデルは、地球を一つの単位とみなし、気候の変動を、温室効果ガスやエアロゾル、世界平均気温などからなる、限られた方程式で説明する、トップダウンアプローチである。気候問題の複雑な構造を描いていないという弱点はあるが、気候感度を計算するのに、実際に観測された気温データを用いており、観測される現実の気候に合致するという強みがある。

政策の見直しが必要?

 温暖化停滞がもたらしている気候科学への疑問の意味するところは何か? エコノミスト誌は、CO2排出倍増に伴い、気温が3℃以上上昇するというのであれば、それがもたらす災害を回避するためにも排出削減策を採ることが必要だが、気温上昇が2℃であれば話は違ってきて、世界はそれに適応することを目指せばよいのではないかとしている。
 同誌はさらに、気候変動に対する煤や雲の影響についての最近の見直しや、海洋の影響注4)、気候の自然変動効果の再評価など、まだよくわかっていない要素について紹介し、「気象学者が格付け機関だったら、気候感度について、ダウングレードとまでいかないまでも、弱気に見るだろう」と結論付け、濃度倍増の影響を3℃から2.5℃に引き下げるのが妥当ではないかとしている。
 21世紀に入って温暖化が足踏みしていることは、観測データの示す事実である。問題はCO2の排出が急増を続ける中、どうして温暖化が停滞しているのか、現在の気象科学ではよくわかっていないという点である。温室効果ガスの排出を抑制することで、本当に地球の気候を安定化させることができるのか? 科学者もまだその答えを持っていないということを、世界中の政治、経済分野の有力者が購読するエコノミスト誌が紹介したことの影響は小さくない。

注2)
産業革命前のCO2濃度280ppmから現状380ppmまで増えており、このまま行けば2030年までに500ppmを超えて倍増することが想定されている。
注3)
General Circulation Model
注4)
海洋表面の気温上昇もここ10年余り停滞しているが、深海に熱が蓄積されているとする最新の研究が紹介されている。

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