GHGの真実-1

1990年の途上国の排出割合は本当に小さかったか?


新日鐵住金株式会社 環境部 地球環境対策室 主幹

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1.温室効果ガス排出量(GHG)の誤解

 世界の温室効果ガス(以下GHG)排出量として毎年、IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)からエネルギー起源CO2の値が報告注1)されており、日本政府においても、世界のCO2排出量割合を算出する際に本データを使用している注2)。エネルギー起源CO2は、日本では、GHG排出量の約90%も占める。一方で、途上国では、森林破壊によるCO2放出、農業起因のメタン等エネルギー起源CO2以外のGHGが大きな割合を占める可能性があり、エネルギー起源CO2だけで世界のGHG排出量を捉えると、誤った方策に導く惧れがある。そこで、本報告では、IEAのCO2 emissions from fuel combustionに掲載されているGHG排出量を国別に整理し、GHG排出量で見た先進国と途上国の割合について言及してみたい。

2.UNFCCCデータで世界全体のGHG排出を整理できない理由

 京都議定書における排出量削減対象GHGは、二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、亜酸化窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6) の6種類である。
 附属書I締約国(先進国)は、気候変動枠組み条約(UNFCCC)の下で、毎年、上記のGHG排出量を報告することが義務付けられている。一方で、非附属書I締約国(途上国)には、GHG排出量を報告する義務はなく、非附属書I締約国のGHG排出量は、各国が数年おきに作成・提出する国別報告書(national communications)の一部として公表されている。国ごとに提出時期が異なっているため、世界全体のGHG排出量をUNFCCCデータにより整理することができない。

3.IEAデータベースでのGHG解析は十分に可能

 IEAのCO2 emissions from fuel combustionのCO2 emissions from fuel combustionの正式バージョン(有料で入手可能:http://www.iea.org/w/bookshop/add.aspx?id=618)には、1990年以降のGHG排出量が国別、GHG種別、発生源別で5年ごとのデータとして記載されている。エネルギー起源CO2は、IEAの推計によるものであるが、エネルギー起源CO2以外のGHG排出量に関しては、EDGAR(Emission database for Global Atmospheric Research)のデータを引用している。EDGARは、欧州委員会の下部組織のJoint Research Centre (JRC)と the Netherlands Environmental Assessment Agency (PBL).の共同研究において作成されており、GHGの他、オゾン層破壊物質や酸性ガス等の排出量も推計されている注3)。IEA自身は、CO2 emissions from fuel combustion において、エネルギー起源CO2以外のGHG排出量の推定に関して、一般にIEA自身のエネルギー起源CO2の推定よりもかなり大きな不確実性を有する(In general, estimates for emissions other than CO2 from fuel combustion are subject to significantly larager uncertainities)と注釈をつけている。筆者は、UNFCCCの先進国データベースとの比較を行った結果、EDGARデータとUNFCCCデータは十分な整合があり、途上国を含めた世界のGHG排出量の解析に耐えるものと考える。

注1)IEA CO2 emissions from fuel combustion
注2)例えば、2012年1月18日の第8回基本問題委員会における事務局提出資料
   http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/kihonmondai/8th/8-4.pdf
注3)http://edgar.jrc.ec.europa.eu/index.php

4.エネルギー起源CO2とGHG排出量で見た先進国・途上国の排出割合

(1)エネルギー起源CO2排出量の推移:2010年は、中・印二国でその他途上国を上回る
 図1にエネルギー起源CO2排出量の1990年(京都議定書基準年)と2010年の比較を示す。
 1990年、2010年のエネルギー起源CO2排出量は、それぞれ210億トン、303億トンで、20年間で約90億トン増加した。1990年の先進国の排出割合は65%で約2/3が先進国であった。このため、基準年においては、先進国を中心としたGHG削減が焦点となっていた。2010年には、先進国の排出割合は43%に低下し、途上国が半分以上を占めるようになっている。途上国の内訳では、中国、インドの2国だけで、その他途上国の排出量を上回っている。

(2)GHG排出量の推移:2010年では、その他途上国だけで世界排出の1/3以上を占める
 図2にGHGの1990年(京都議定書基準年)と2010年の比較を示す。1990年では、344億トンで、途上国の割合は、47%となり、エネルギー起源CO2よりもGHG、では途上国が大きな排出割合を占めることがわかる。これは、エネルギー起源CO2と比較するとその他途上国の排出割合が高いことに起因している。2010年は、495億トンで1990年からは約150億トン増加し、その内、エネルギー起源CO2以外のGHGは、60億トン増加している。先進国の割合は、35%に低下し、途上国の割合は、約2/3に達している。エネルギー起源CO2と比較すると、中国、インドの割合は、ほとんど変わらないが、その他途上国の割合は、27.5%から37.8%に増加している。GHGで見ると、その他途上国で世界の排出量の1/3以上を占めていることがわかる。これは、その他途上国においては、エネルギー起源CO2以外のGHG排出量の割合が多いことを示唆している。

5.GHG排出量で評価することの重要性

 IEAのCO2 emissions from fuel combustionに記載されているGHGデータを使用して、国別のGHG排出量を整理し、1990年と2010年の先進国と途上国の寄与を評価した。GHGで見ることでエネルギー起源CO2よりも途上国、特に中・印を除くその他の途上国の寄与が大きいことが判明した。GHG排出量で議論することにより、国際交渉においても途上国に責任を求める可能性が生じる。さらに、GHG排出量の内訳をより詳細に把握・理解することにより、GHG排出特性に応じた対策ができ、ひいては日本の様々な分野の技術により、その他の途上国の支援にも繋がるものと思われる。次報では、GHG排出量の内訳を整理し、GHG排出特性に応じた排出抑制対策について言及してみたい。

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