ドイツで自由化による電気料金引き下げは観察できるか


Policy study group for electric power industry reform

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 以前、本研究会の論考の一つとして取り上げた八田達夫著「電力システム改革をどう進めるか」の書評について、今般、著者御本人から丁寧なご指摘をいただいた。指摘の内容は、著作の中で「ドイツで自由化による電気料金引き下げは観察できるか」について説明している部分について、引用が不適切で著者の本来の主張と異なる解釈に基づいた論評となっているとのことであり、国際環境経済研究所の判断で当該書評は削除されている。著者には深くお詫びを申し上げる。
 他方、本稿では、著者のブログで詳説された主張等をもとに、改めて本件論点を論じることとしたい。著者の有益なご指摘に感謝する。また、改めて掲載の機会を与えていただいた国際環境経済研究所にも感謝したい。

 著作の該当箇所は以下のとおりである。

たとえばドイツでは電力改革自由化が行われた1998年から2010年の間に電源の約4割を占める石炭の価格は5割以上上がり、消費者物価は2割以上上がった。しかし税引き後の家庭用電気料金は1割弱しか上がらなかった。この原因の大きな部分は自由化によると考えられる。(29ページ)

加えて、著者のブログで、当該箇所の立論について説明しているので、それも引用する。

 電力の発電費用は、「燃料費用」と、人件費や資財調達費などの「燃料以外の発電費用」とに分割することができよう。自由化が大きな費用削減効果を及ぼすのは、「燃料以外の発電費用」の部分である。したがって、電力の自由化によって「一般物価」の上昇率を下回る「燃料以外の発電費用」の上昇率が観察されれば、自由化によって発電費用が低下した可能性が高いといえよう。しかし、仮に

 ①自由化後の「一般物価」の上昇率より「電力料金」の上昇率の方が低い

ことが観察されたとしても、それだけで自由化が費用削減効果を持ったとは言えない。その期間中の燃料費の上昇率の方が「一般物価」の上昇率より低ければ、「燃料以外の(発電?)費用」(注1)の上昇率は「一般物価」の上昇率を超えているかもしれないからだ。したがって、①が観察される場合に、さらに

 ②その期間中に燃料費自体の上昇率が「一般物価」の上昇率を上回ることが観察されれば、自由化後の「燃料以外の発電費用」の上昇率が「一般物価」の上昇率を下回ることを示したことになり、自由化の費用削減効果を強く示唆することになる。

(注1)
「燃料以外の(発電?)費用」は原文では、「燃料以外の費用」であるが、前後の文脈から発電費用を意味すると考えられたので、筆者の判断で補完した。以下本論を進めていくうえでは、「発電費用」とする。ただし、原文が正しいとしても以下1.1の論評が有効であるので、本稿の論旨は大筋で変わらないと考えている。

 上記を参考に著者の立論を整理すると;

(A)
一般物価の上昇率>燃料費用を含めた発電費用の上昇率 が成り立つ
(B)
燃料費用の上昇率>一般物価の上昇率 が成り立つ
(C)
上記(A)及び(B)から、一般物価の上昇率>燃料以外の発電費用の上昇率 が成り立つ。つまり、「燃料以外の発電費用」が実質価格で低下しており、自由化の費用削減効果を強く示唆する。

 以下、上記の立論(A)~(C)が成立するかどうか検討する。

1.
上記立論(A)は成立するか
表1に当該期間中のドイツにおける消費者物価指数と電気料金単価(税抜き)の推移を示す。

表1:ドイツにおける消費者物価指数と電気料金単価(税抜き)の推移(自由化後)

出所:IMF – World Economic Outlook Databases、IEA -ENERGY PRICES & TAXES

 著者は、「期間中に、消費者物価は2割以上上がったが、税引き後の家庭用電気料金は1割弱しか上がらなかった(注2)」ことをもって、立論(A)が成立しているとの見解と思われるが、これについては、以下の3点が疑問である。

(注2)
表1のとおり、IEA -ENERGY PRICES & TAXESによると、家庭用電気料金の上昇率は11%であり、1割弱との表現と微妙に異なっている。ただし、論旨に大きな影響はないと考える。
1.1.
「電気料金上昇率=燃料費用を含めた発電費用の上昇率」ではない

 電気料金は発電費用、ネットワーク費用、販売費用等で構成されている。つまり、発電費用は電気料金の一部なので、「電気料金上昇率=燃料費用を含めた発電費用の上昇率」とはならない。もっとも、この点は著者も承知の上で概算していると理解し、ここでは注意喚起だけさせていただく。以下では、「電気料金上昇率=燃料費用を含めた発電費用の上昇率」である前提で検討する。

1.2.
家庭用電気料金のデータに連続性がない

 表1の家庭用電気料金のトレンドを見ると、2007年と2008年の家庭用電気料金のデータの間に段差がある。実は、2008年からデータの採録方法が変更になっており、その旨は著者が参照した文献(IEA -ENERGY PRICES & TAXES)にも記載がある(注3)。つまり、著者が分析に用いている1998年~2010年のデータは連続性がなく、本来分析に用いるのは適切ではない。他方、段差を跨がないように1998年~2007年の期間をとってみると、その期間において、消費者物価は15%上昇、対して電気料金は31%上昇となり、著者の立論(A)とは逆の結果となる。

(注3)
2007年までは、ドイツ国内の電力会社の収入単価(電気料金収入を販売電力量で除したもの)を採用していたが、2008年以降は、Eurostatが定める手法によるモデル計算に変更になっている。モデル計算は、家庭用需要家を年間消費電力量によって5つの階層に分け、各階層について代表的な需要家を抽出し調査した結果を加重平均している。更に詳細は以下のリンクを参照。
http://epp.eurostat.ec.europa.eu/cache/ITY_SDDS/en/nrg_pc_esms.htm
1.3.
産業用電気料金の推移も見てみると

 表1には産業用電気料金(税抜き)の推移も示している。このデータも2007年と2008年の間でデータの採取方法の変更があったが、著者の設定した観測期間である1998~2010年で見ても、段差をまたがない1998~2007年で見ても、電気料金の上昇率は消費者物価の上昇率を上回っており、立論(A)と逆の結果となる。
 こちらを採りあげずに家庭用電気料金だけを取り上げた理由は、明らかでない。しかし、上記1.1の論旨との関係で言えば、著者が観察の対象としている発電費用の占める割合は、家庭用電気料金よりも産業用電気料金の方が高い(注4)。つまり「電気料金上昇率=燃料費用を含めた発電費用の上昇率」ではないにしろ、産業用電気料金上昇率の方が、家庭用電気料金よりも燃料費用を含めた発電費用の上昇率に近い可能性はあると考えられる。

(注4)
産業用需要家は供給電圧が高く、電力供給に用いるネットワーク設備の量が少ないので、電気料金に占めるネットワーク費用の比率が低くなる。その結果として、発電費用の占める割合は高くなる
 
2.
上記立論(B)は成立するか

 著者は、著作中で、電源の約4割を占める石炭の価格が5割以上上昇したこと、加えてブログ上では、重油の価格が372%、天然ガスは50%上がっていることを示している。つまり、石炭の価格上昇で40%×50%=20%の燃料価格の上昇が説明でき、他の燃料も価格上昇しているので、燃料費全体で20%以上の上昇率であることはまず間違いなく、これは消費者物価の上昇率(20%)を上回り、立論(B)が成立するとの見解である。
 他方、著者が石炭価格の出所としている文献 (IEA -ENERGY PRICES & TAXES) によると、著者が引用しているデータは輸入炭の価格である。つまり、これで説明できるのは、ドイツ国内で発電用に消費される石炭の多くても4割程度であり、残りは、生産コストが輸入炭の3倍である国内炭(注5)である。これをふまえて、著者の掲げた燃料価格のデータでどれほどのことが説明できるか、以下でラフな試算を試みる。

(注5)
ドイツの国内炭の生産コストが輸入炭の3倍であることは、以下のリンクの6枚目参照
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/mlt_roadmap/comm/com05-01/mat04_2.pdf

 まず、石炭について。ドイツでは国内で産出する質の悪い褐炭と、一部輸入に依存している質の高い石炭(瀝青炭)を発電用に用いている。2010年の発電用燃料の使用実績(熱量ベース)によると、石炭:褐炭=42:58である(注6)。この石炭がすべて輸入であると仮定し(注7)、かつ輸入炭と褐炭が同じ価格とすると(つまり、熱量ベースの比率と費用ベースの比率が同じとする。実際は国内炭の方が価格が高いため、費用ベースでは、輸入炭の比率は低下する)、輸入炭が5割上昇したことで、燃料価格の上昇は、40%×42%×50%≒8% が説明できることになる。
 次に、石油と天然ガスについて。2010年の発電電力量に占める割合は、それぞれ1.3%と14%である(注8)。これと著者の掲げた価格上昇率を踏まえて、ラフに計算すると;
  重油は、 1.3%×372%≒5% が説明でき、
  天然ガスは、 14%×50%≒7% が説明できる。
 以上を合算すると、著者が示したデータで説明できる燃料費の上昇は、8+5+7=20%となる。他方、観察期間における消費者物価の上昇率は20%である。つまり、石炭における輸入炭の影響を大きめに見た上で、立論(B)が成立するかは微妙である。今回国内炭の価格を調査していないが、ドイツの石炭産業は補助金で維持されている産業であるので、他の燃料と同じように高騰していることは考えにくい。いずれにせよ、少なくとも著者の示したデータのみをもって、立論(B)が成り立つことを明確に示せたとは言えない。

(注6)
出所は、海外電気事業統計2012年度版
(注7)
実際は、石炭(褐炭をのぞく)の輸入比率は半分程度であるが、電気事業以外の輸入も含まれているため、電気事業としての輸入比率は不明。
(注8)
出所は、IEA -ENERGY BALANCES OF OECD COUNTRIES
 
3.
上記立論(C)は成立するか

 立論(C)は、立論(A)及び(B)が成立していると仮定して、「自由化後の『燃料以外の発電費用』の上昇率が『一般物価』の上昇率を下回ることを示したことになり、自由化の費用削減効果を強く示唆することになる」との立論である。つまり、燃料以外の発電費用が実質価格で低下すれば、自由化の成果を強く示唆するとの主張と理解するが、これについて、著者は自明と考えていると思われる。ただし、一般論として財の実質価格の低下=自由化の成果が自明と考えているのか、「燃料以外の発電費用」に限って自明と考えているのかは定かでない。
 電気事業のような設備産業の場合、過去に行った投資に起因する費用(つまり減価償却費)が、費用に占めるウェイトが高ければ、たとえ自由化が行われなかったとしても消費者物価の上昇ほどに電気料金(あるいは燃料以外の発電費用)が上昇しない、つまり実質価格で低下することは総括原価制度の下でも規制側が適切に対応すれば起こりうる。したがって、立論(C)は、少なくとも電気事業では自明ではなく、立論(C)が成立するためには、「自由化が実施されなければ、燃料以外の発電費用は実質価格で低下しない」ことが証明される必要がある。
 実際のところ、日本や米国でも需要が低成長に移行した1980年代半ば以降は、電気料金は実質価格で低下傾向にあった。ドイツは、表2に示すとおりである。自由化前の12年間(1986~1998年)で観察してみると、消費者物価の上昇率は31%、対して家庭用電気料金の上昇率は15%であるので、電気料金は実質12%(=1-1.15/1.31)低下している。つまり、自由化前から電気料金は実質価格で低下していたわけである。立論(C)を主張するには、例えばこの間の電気料金の低下が、比較的安定していた燃料費によって説明できることを示す必要があると思われる。

表2:ドイツにおける消費者物価指数と電気料金単価(税抜き)の推移(自由化前)

出所:IMF – World Economic Outlook Databases、IEA -ENERGY PRICES & TAXES

 以上、著作における本来の著者の立論を検討してきたが、ドイツで自由化による電気料金引き下げが観察できることを説得的に示すには至っていないと思料する。上記の1.2及び1.3で検討したデータは、むしろ立論とは逆の方向、つまり自由化後は電気料金が実質価格で上昇している可能性を示している。自由化して電気料金が上昇しているとすると、何らかの原因で市場がうまく機能していないことを考える向きが多いと思われるが、実はこれは自由化の自然な帰結の可能性もある。
 自由化とは、平均費用により電気料金が決まる世界から、限界費用により電気料金が決まる世界に移行することを意味する。例えば、ピーク電源である石油火力が、発電電力量に占める割合は少なくても、稼働している時間帯においては、その短期限界費用(≒燃料費)が市場全体の価格を決める。石油価格が高騰すれば、電力の市場価格も上昇し、石油火力が稼働した時間帯に稼働していたベース電源は従来よりも大きな利益を得る。その一方で、市場で発現する限界費用に基づく価格が、ベース電源を含む平均発電費用を上回れば、電気料金は自由化前よりも上昇することになる。
 筆者は、自由化後のドイツでは上記のような現象が起こっているという仮説を検証する価値があると考えている。そして、これにより電気料金が上昇したとしても、市場価格が限界費用で決まっている以上は、死荷重が増えずに生産者余剰が増えているだけであるので、経済学の観点から見れば問題のない現象である。そして、これはドイツの電気事業でコスト削減が進んだかどうかとは別の問題である。コスト削減の成果は別途検証すべきものだ。自由化を議論する中で、この側面はあまり理解されていないように思える。
 つまり、自由化の効果とは;

市場が普通に機能したとしても、従来より電気料金が上がることはあり得る、
しかし、そうした料金上昇は社会厚生を損なうものではないので、問題はない、
かつ、これによる料金上昇は、自由化によるコスト削減効果と矛盾しない(コスト削減の成果は別途検証すべきもの)、

と記述すべきものではないだろうか。議論するにあたっては、厳密さを欠く数値計算に基づく楽観論や悲観論だけではなく、こうした自由化の側面がもっと率直に語られるべきではないかと思料する。(注9、注10)
 加えて、ここで改めて思うのは、燃料市場の重要性である。燃料市場価格が独占的価格であると、電気料金が高くなる悪影響がある。これは電力市場が自由化してもしなくても変わらない。しかし、限界費用を決める決定的な要因は燃料費であるので、その悪影響は自由化市場では更に大きい。つまり、燃料市場で適切な価格が発現することは、自由化をした場合にその重要性を更に増す。特に、燃料のほとんどを輸入に頼る我が国には重要な視点であることを改めて認識させられる。

(注9)
著者が優れた電力システムとしてよく言及されるノルウェーは、この10年で電気料金は2倍以上になっているが、これについて著者は「ノルウェーの電気事業は大変な輸出産業である」と主張している(出所:公益事業学会政策研究会シンポジウム(2012年2月29日) のパネルディスカションにおけるご発言。この主張から想像するに、著者はノルウェーの電気事業については、電気料金が上昇しても、死荷重が増えずに生産者余剰が増加している状況であり問題ないとの考えと拝察する。(ただし、国内産業は高くなった電気料金の影響を受けるわけであるので、ノルウェーの国民経済全体から見てどうかは議論の余地があるかもしれない。)
 
(注10)
本研究会の論考では、「単に市場(限界費用による価格発現)に委ねるだけでは、固定費が回収できない」という問題を何度か採りあげている。ドイツでもこの問題が顕在化しているが、これと市場価格高騰は矛盾しない。市場価格が高騰してもピーク電源にとっては、限界可変費相当の価格であるので、固定費は回収できない。ベース電源が市場価格の上昇で、従来よりも大きな利益を上げたとしても、だから赤字構造のピーク電源を廃棄するなと事業者が強制されるいわれは、自由化である以上ない。加えて、ピーク電源を保有する事業者が必ずベース電源を保有しているとも限らない。そのため、ドイツでは、政府が、火力発電所を保有する発電会社に許可なく設備を廃止することを禁じるとともに、系統安定上必要であると認定した火力発電所については5年間の運転継続を命じ、この間の火力発電の維持にかかわる費用を政府が補てんすることを決定しているわけである。(過去記事「二兎を追った先にある悲劇」)

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