停電と発送電分離を論じるための基礎知識


Policy study group for electric power industry reform

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 発送電分離を主張する論者が、「発送電分離をしても停電は増えない」と主張するのを時々見かけるが、論点がずれていると感じることが多い。おそらく、停電が起こる原因が何かとか、日本で停電が少ないのはなぜかといった点の理解が欠けているためと思われる。

停電のほとんどは送配電設備の故障によるもの

 停電が起こる理由は大きく二つある。ア)送配電設備の故障によるものと、イ)電気が足りないこと、つまり需要に発電能力が追いつかないことによるものの二つである。そして先進国においては、(正確な統計があるわけではないが)停電の99%は前者、つまり送配電設備の故障によるものだ。

 したがって、「日本の停電時間が短いのは、発電設備に過大投資をしてきたからだ」「発送電分離をしても、送電会社がリアルタイム市場で供給力を確保するから停電は増えない」といった主張を時々見かけるが、上記のように電気が足りないことによる停電は稀である。また、後者(リアルタイム市場)については、発送電分離すればリアルタイム市場は必然的に形成されるものなので、リアルタイム市場があるから停電が増えない、というのは同義反復的な理屈である。欧米諸国の電力システム改革は、電力危機を引き起こしたカリフォルニア州を除き、日本以上に需要に対して発電設備が過剰な状況で行われた(表1参照)。需要に対して発電設備が過剰であれば、上記イ)の「電気が足りないことによる停電」が少ないあるいは発送電分離をしても増えないのは何も不思議なことではない。

表1:主要国における自由化開始時の設備率と自由化開始年
(出所)海外電気事業統計、米DOE/EIA、カリフォルニアエネルギー委員会、電気事業便覧
※設備率=電気事業者発電設備の銘板容量合計/最大電力
・テキサス州は、銘板容量の代わりに夏季供給力を使用(値は小さめになる)
・カリフォルニア州の設備率は、データの制約により2000年のデータ

 この特集でも何度か取り上げたが、昨今、電力システム改革を行った各国とも、過去の遺産である余剰電源を食いつぶしつつある。それと同時に、単に市場に委ねるだけでは、適切な電源投資が促されない、という問題が顕在化している。この問題が将来深刻化すれば、「電気が足りないことによる停電」が増える可能性がある。(「単に市場に委ねるだけでは、適切な電源投資が促されない」問題は、非常に重要な問題であるが、発送電分離の問題と言うよりも自由化そのものの問題なので、ここでは取り上げない。)
 だが、少なくとも今のところは、停電の大半は送配電設備の故障によるものだ。

送配電設備の故障による停電を減らすには

 したがって、「日本では停電が少ない」は、「日本では送配電設備の故障による停電が少ない」とほぼ同義である。そして、発送電分離によって停電が増えるかどうかを議論するのであれば、まず、日本で送配電設備の故障による停電時間が少ない理由を理解するところから始めなくてはならない。

 送配電設備の故障による停電を減らすには、次のことが有効である。
 ① 送配電設備の故障を減らす。
 ② 送配電設備が故障しても、停電の広域化を未然に防止する。
 ③ 停電に至っても、早期に復旧させる。
 これら3点に関する日本の状況や発送電分離との関係ついて整理してみる。

 まず、「①送配電設備の故障を減らす」には、適切な投資やメンテナンスが維持されなければならない。ただし、メンテが適切に行われていても、設備の故障はゼロにはならないし、雷や台風等の自然災害もある。そこで、「②送配電設備が故障しても、停電の広域化を未然に防止する」が重要になる。そのための工夫について、日本の電力システムは大変優れている。簡単な例を図1に示した。

図1:

 図1に示す送電線3ルートのうち、1ルートが故障したとする(1ルートは通常2回線で構成されておりここで想定する故障は2回線ともダウンする故障である)。この段階で特段の対策をとらなければ、残る2ルートで送電を行わなくてはならないが、このルートに、2ルートでは持ちこたえられない電流が流れる場合は、残った2ルートもダウンするドミノ倒しとなり、広域停電に至る。

広域停電を未然に防止する系統安定化リレー

 そこで、日本の電力システムでは、1ルートが故障した段階で、系統安定化リレーと呼ばれるシステムが稼働し、この送電ルートを流れる電流を残った2ルートで持ちこたえられる量まで即座に抑制する。この図で言えば、G1の発電量を迅速に抑制する。その結果、需給のバランスが崩れるので周波数が低下することになるが、系統全体として持ちこたえられる程度の低下であれば、停電は発生しない。持ちこたえられない周波数低下であれば、必要最小限の停電を人為的に発生させることになるが、停電範囲は狭い範囲に抑えられる。

 また、このような調整を事前に予防的に実施することもある。即ち、雷雲の発生などで当該送電ルートに故障が生じるリスクが高まった時は、あらかじめ、当該ルートを流れる電流を一定値以下に抑制しておけば、実際に落雷で故障が起こっても、周波数の動揺は抑えられる。

 表2にここ数年先進国で発生した、基幹送電設備の故障による停電を示した(大規模災害によるものを除く)。きっかけはいずれも基幹送電設備が何らかの理由で故障したことによるものであるが、海外では図1で示したような系統安定化リレーは設置されておらず、日本に比べて停電規模が大きい。「ドミノ倒し」の防止に失敗して、停電が広域化し、その結果として、復旧にも時間がかかっている。対して、日本の場合は、停電範囲を限定することに成功したことから、復旧も迅速に行われ、その結果、停電時間は短くて済んでいる。

表2:最近の基幹送電設備故障による停電

 続いて、「③停電に至っても、早期に復旧させる」については、これは以前の記事「日本の停電時間が短いのはなぜか」でも取り上げているが、ハード面では、配電システムの自動化が、欧米諸国よりも進んでいることだ。遠隔操作で故障個所の切り離し、再送電が出来ることにより、停電時間の短縮に貢献している。ソフト面では、常日頃より訓練を欠かさず、発電から送電・配電・需要設備まで相互に整合をとった迅速な復旧作業が行えるように備えていることだ。2011年3月の東日本大震災では、東北電力が、1000年に一度と言われた大地震、大津波に襲われ、広範囲にわたる設備の損傷があった中で、1カ月で停電を解消している。発送電分離している米国では、毎年襲ってくるハリケーンからの復旧に、1カ月以上かかることも珍しくない。パフォーマンスは、東北電力の方が優れていることは間違いないと思われる。

 以上まとめると、日本において送配電設備の故障による停電が少ない背景は、以下の4点となる。

a)
適切な投資やメンテナンスが維持されていること
b)
系統安定化リレーにより、設備が故障しても停電の広域化を未然に防止していること。
c)
配電システムの自動化が進んでいること
d)
相互に整合をとった迅速な復旧作業が出来ること

発送電分離下でパフォーマンスは維持できるか

 これらと発送電分離との関係を考察してみる。
 まず上記「a) 適切な投資やメンテナンスが維持されていること」であるが、少なくとも適切な投資やメンテナンスのコストは、託送料金等を通じて、適切に回収されなくてはならない。これは、発送電分離をしようがしまいが必要なことである。加えて、送電線の拡充についていえば、わが国において、送電線の建設は地道な用地交渉から始まる難事業である。これは発送電分離をしようがしまいが変わらない。したがって、発送電分離をすれば、再生可能エネルギーの系統接続が進むようなことを吹聴する論者がいるが、少なくともそんな簡単な話ではない。現にドイツでも再生可能エネルギーによる電力の送電に必要な送電線の建設はなかなか進んでいない実態を見れば、そうした「魔法のような話」は論拠を失う。(ドイツの電力事情⑤- 送電網整備の遅れが他国迷惑に-

 次に「c) 配電システムの自動化が進んでいること」については、発送電分離とは直接の関係はなさそうである。ただ、今後家庭用太陽光発電システム等、配電線に接続する変動電源が増えてくると、自動化システムを更に高度なものとしていくことが必要になってくることに留意が必要だ。

 「b) 系統安定化リレーにより、設備が故障しても停電の広域化を未然に防止していること」及び「d) 相互に整合をとった迅速な復旧作業が出来ること」については、電力システム改革専門委員会報告書によれば、発電会社と送電会社の協調を定めるルールを今後検討することになっている。したがって、現在のパフォーマンスが維持できるかどうかは、現時点では未知数である。これについて、「発送電分離後は系統運用者が100%の権限を有するのだから問題ない」と主張する論者がいたが、発送電分離後に、系統運用者に権限が集中することは、特に非常時においては当たり前であり、問題は現場も含めてオペレーションが滞りなく行われるかどうかだ。権限さえあればその問題が解決すると言われても、実際現場等で働いている人たちから見れば、「机上の空論」だ。つまり、系統運用者が与えられた権限を行使するにあたって、それが迅速かつ的確に意志決定され、実行に移せる仕組みが構築できるかどうかである。「b)」については、迅速さがなければ、光の速さで伝搬する電気の系統の崩壊(ドミノ倒し)は防止できない。欧米では系統安定化リレーの設置は行われていないため(それ故に広域停電が発生するわけであるが)、発送電分離下で当該リレーを機能させることは、世界初の試みとなる。図1は極めてシンプルなイメージを示しただけであり、実際の系統でのルールは遥かに複雑なものとなるだろう。「d)」についても、米国の電力システムでもいつかは復旧するわけであるから、復旧そのものが出来ないことはない。求められるのは復旧の「迅速さ」である。米国並みの復旧時間では、「発送電分離しても問題ない」とはとても胸を張って言えるものではない。

発送電分離にはフリーライド解消の意味もある

 上記「b)」に関連して、もう一点指摘しておきたい。「b)」のリレーによる調整や落雷リスクに対応した予防的な調整は、今まで電力会社の内部で行われ、外からは見えなかった。発送電分離をすれば、このような調整は、発電会社と送電会社の取引として外部化することになる。これまでは、この調整による追加コストは電力会社(の発電部門)が負担し、その結果高まった系統の信頼度のメリットは、新電力も含め、系統全体が裨益する。つまり、新電力は意図的かどうかは別として、こうしたアレンジメントにフリーライドしてきたことになる。発送電分離後は、送電会社が調整によるコスト増を一旦負担し、最終的には、系統利用者全体で負担する形に移行する。つまり、発送電分離には、これまで新電力がフリーライドしてきたコストを顕在化させる側面もある。そのコストがどの程度あるのかは、今後、発送電分離を前提に、発電会社と送電会社の協調を定めるルールを検討していく中で、明らかになっていくことになる。

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