二兎を追った先にある悲劇

—電力自由化と再生可能エネルギー促進の同時追求をしたドイツ—


Policy study group for electric power industry reform

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 結果としてEEXの取引価格とは全く無関係に再生可能エネルギー事業者へは固定価格による支払いがおこなわれ、政府が認定した火力発電事業者にはその固定費・可変費(おそらく適正利潤も加えなければ事業者は撤退するだろう)の支払いが行われることになる。これらが電気代や税金にすべて上乗せされるから、電力市場を全面自由化して発送電分離をおこなった競争政策の意味は完全に消失して「元の木阿弥」になるだけのようにも見える。

 ところがEEXは国際市場であるから「元の木阿弥」ではすまない。ドイツ国内の事業者により投げ売りされる再生可能エネルギーと火力発電の余剰電力を、欧州諸国がEEXで安く買い叩く構図になるから、こうして発生する国際収支上の損失まで、ドイツ国民が負担することになる可能性がある。Die Welt紙の「欧州域内電力市場でのドイツの電力供給の忍び寄る国有化は劇的な結果になる。(中略)ドイツの電力輸出はエネルギー転換の発表後の一年間に4倍となったが、国民経済的なメリットは伴っていない」との指摘もうなづける。もっともこれはドイツが周辺諸国の電力システムをあたかも「巨大な蓄電池」として活用しながら、自国内の再生可能エネルギーを増やしてきたツケとも言えるのかもしれないが。

 2001年に発生した米国カリフォルニア州の電力危機では、市場設計の欠陥が民間電力会社の経営を半年という短期間で破綻させるに至った。ドイツの電気事業もこのまま補助金漬けの電源のウェイトが拡大していくならば、およそ民間事業とは言えない代物に変貌してしまうのではないか。

送電事業は国営化へ?

 再生可能エネルギーを増加させていくためには、送配電系統の強化も欠かせない。ドイツの送配電系統が抱える課題については稿を改めて詳説するが、現状では必要な送電設備投資が順調に進んでいるとは言いがたい。ドイツでは主要なTSO4社のうち2社が、オランダやベルギーの国営TSO(TenneTおよびElia)が出資する子会社となっているが、これらの国では国費を投じてドイツ国内の送電線を建設することは、有権者への説明がつきにくいという。このためドイツ連邦政府は、TSOの新規設備に対する事業報酬率を引き上げたり、費用発生時点で早期の投資回収を認めるなど、投資促進策を講じようとしているが、将来的にはドイツ連邦営のドイツTSO設立というオプションも検討の俎上に上がっていると云われる。

 ドイツで今起こっていることは、電力自由化政策と再生可能エネルギー促進政策という、本来矛盾しているものを無理矢理両立させようとした帰結として、再生可能エネルギーだけでなく在来式の火力発電から送配電系統に至るまでの電力システムのすべてが、国の助成措置なしでは成り立たなくなってしまうという事態だ。もちろん、その国の助成は税金だから、最後は国民がつけを払うことになる。Die Welt紙は「すでに手に負えなくなりつつあるエネルギー転換の結末に対して、メルケル連立政権は責任を負う」と結んでいるが、FITによる再生可能エネルギー導入拡大に加えて、電力市場の全面自由化・発送電分離をこれから始めようとする日本が、そこから何も学ばないとすれば、過失責任どころでは済まされないだろう。

<参考文献>
Die Welt: “Energieversorgung wird schleichend verstaatlicht”, 2013年1月10日
http://www.welt.de/wirtschaft/article112679228/Energieversorgung-wird-schleichend-verstaatlicht.html

Die Welt: “Energiewende wirft den Klimaschutz zurück”, 2013年1月10日
http://www.welt.de/wirtschaft/article112672815/Energiewende-wirft-den-Klimaschutz-zurueck.html

Reuters: “UPDATE 1- Germany legislates to help prevent power blackouts”, 2012年11月29日
http://www.reuters.com/article/2012/11/29/germany-energy-idUSL5E8MT90620121129

欧州電力取引市場(EEX)ホームページ: http://www.eex.com/en/

EEX: “EEX response to the public consultation of the European Commission (DG Energy) on generation adequacy, capacity mechanisms and the internal market in electricity”, 2013年2月7日
http://cdn.eex.com/document/126468/20130207_EEX-Response_DG_ENERGY_consultation_capacity_mechanisms.pdf

ドイツ連邦経済技術省プレスリリース、” Rösler: The Federal Economics Ministry has done its homework for the energy reforms.”, 2012年12月
http://www.bmwi.de/English/Navigation/Press/press-releases,did=548006.html

David Buchan, “The Energiewende : Germany’s gamble”, Oxford Institute for Energy Studies, 2012年6月

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