電力自由化論の致命的な欠陥


国際環境経済研究所前所長

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災害時の対応に不安

 第三の論点は、発送電分離を含む自由化を進めた場合、災害が起こったときの対応について、かなりの不安が残ることだ。自由化によってこれまでの事業者の法的な供給義務が外された場合、市場メカニズムによって需給調整を行なっていくことになるため、安定供給が確保されるかどうか、綱渡り的な状態に陥る危険がある。
 自由化されて競争が激しくなると、どの電力会社も余分な発電設備を持たなくなる。いざどこかの発電所でトラブルが起こったり、自然災害に見舞われたりして、供給力が大きく失われた場合や、気温が上昇して電力需要が急増した場合、最後の「バックアップ役」を引き受けてくれる存在がいなくなる、ということである。
 ちなみに、電気と同じように必需品であった石油には、かつて石油業法があった。供給計画を国と石油会社が一緒になって決めていた。また価格面でも、高騰しすぎたら、国が勧告する権限があった。さらに石油備蓄法があり、石油会社には備蓄の義務が課せられていた。経済活動や国民生活にとっての石油の公益的重要性を考慮した制度だったが、その後需給調整は市場に委ねるべきだとの考えが強くなり、前者の法律は廃止された。しかし、備蓄に関しては依然として民間備蓄が行われているうえに、ラストリゾートとしての国家備蓄も税金で維持されている。
 しかし、電気の場合、日本の全電力消費量の何日分もの電気を貯められる蓄電池は、いまのところ開発されていない。結局、電力会社に余分な発電設備をもたせることで、「バックアップ」の役割を担ってもらっていたのである。そのような過剰設備(不良在庫)の形成と維持のために必要な資金が集められるよう、地域独占で総括原価方式が認められてきた、というのがこれまでの制度の考え方であり、歴史である。
 自由化を進めれば、こうしたラストリゾートとしてのバックアップの役割を誰が担うのか、またそのためのコストは誰が払うのかが大きな問題になる。市場に任せた場合、こうした問題がほんとうに解決できるのか。
 折しもアメリカの東海岸を襲ったハリケーン「サンディ」によって、ニューヨークでは半数近くの企業が停電の影響を受けた。米ニューヨーク州では電力の自由化が進んでおり、日本政府の電力改革もそれを見習うべきモデルの一つとしていた。それだけに、今回のニューヨークでの大規模停電の原因とは何だったのか、復旧にあたって障害となったものなどについて、詳しい調査を実施すべきであろう。
 私見を申せば、日本の電力会社の高い技術力は、発送配電一体でインフラ設備を形成・維持してくるなかで醸成してきた有機的連帯とチームワークがあったからこそである。こうした現場における情報流通機能や従業員のモチベーションが自由化後にどうなるかは極めて重要な問題なのだ。ところが、企業組織を単なる「点」としてしか認識しない経済学のモデルでは、その影響を十分に分析できるとは到底思えない。モデルで分析できないからといって、そうした「現場力」への影響は無視するということなら、取り返しのつかない改革を進めていることになる。