ヘルム教授の異議

-欧州のエネルギー環境政策に対するアンチテーゼ-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 以前、畏友加納雄大氏が紹介していたディーター・ヘルム・オックスフォード大教授の議論は面白い。The Economist で紹介された彼の新著 The Carbon Crunch- How We are Getting Climate Change Wrong – and How to Fix It の概要は以下の通りである。

ディーター・ヘルム・オックスフォード大教授

○ 多くの人は気候変動問題が収束しない理由を規制と政治的意志の失敗に求める。彼らは京都議定書がより包括的なものであり、規制がより厳しいものであり、再生可能エネルギーにもっとお金をつぎ込めば、気候変動問題は解決し、世論が懐疑的になることもなかったであろうと考える。

○ しかし問題は規制の厳しさではく、枠組みのデザインそのものである。これまでの取り組みは温室効果ガス削減のための高コストの手法に注力し、しかも効果をほとんどあげてこなかった。しかも欧州諸国は自国内の温室効果ガス削減にのみ焦点をあて、炭素集約度の高い財への需要が引き続き高いことを無視してきた。このため、生産拠点が中国、インドに移動し、世界全体では温室効果ガスの拡大につながった。規制的手法は高コストで成果を生まず、こうした考えに基づく条約は機能しないという最悪の選択である。

○ 例えば再生可能エネルギーを例にとろう、風力は高コストである上に間欠性が高い。供給が不安定であるため、エネルギー安定供給に資することがない。この問題を克服するためには多くのバックアップ電源を作る必要がある。風力が全体の電力供給のごく一部であればよいが、今やドイツの電力供給の10分の1を占めるに至っており、更に増大を続けている。しかも風力はバックアップ電源の経済性を阻害する。風が吹く際に余剰電力は無料になり、バックアップ電源は運転を停止せざるをえない。しかしこうした電源はスイッチを入れたり切ったりするようには設計されておらず、ベースロードとして運転されるのが本来の姿である。電力は貯められないので、ウィンドファームは他の電源の経済性を損なう。

○ また再生可能エネルギー支援スキームは巨額な補助金に依存しており、風力、太陽光企業、ロビイスト、NGO、政治家等がそれに群がっている。かくして再生可能エネルギーセクター全体が過度の補助金漬け(an orgy of rent-seeking)になった。

○ 気候変動問題に正しく対応するためには、最も安い方法、即ちシェールガスを含む天然ガスを活用すべき。

○ また炭素価格ではなく炭素税を導入すべき。水銀のように微量でも人の健康に影響を与えるものについては数量制限が有効であり、価格が変動しても良い。他方、CO2のように人の健康に直接被害を与えないものは、税を通じて価格を固定し、数量は変動を許容するようにしたほうが良い。また現在、再生可能エネルギーに使われている金は将来のクリーン技術(炭素貯留、エネルギー貯蔵、電気自動車等)に使った方が良い。

 The Economist の書評は、「この処方箋は非現実的であろう。欧州は余りにも規制的アプローチにコミットしすぎており、今更変われない。しかし米国、インド、中国はこの本から合理的な方法で温室効果ガスを削減する方法を学ぶことができる。本書は現在のグローバルな気候変動政策の議論がいかに自滅的(self-defeating)かを説得的に説明してくれる」と欧州諸国を強烈に皮肉って終わる。

 ヘルム教授は本日(11月30日)のFTでデイビー・エネルギー気候変動大臣が主導するエネルギー環境政策に対しても痛烈な批判をしている。その概要は以下の通りだ。

○ 政府が用意している電力改革法案の中核は、差額契約方式(CfD; Contract for Difference)に基づき、契約価格を固定し、政府が新たな低炭素発電設備について直接契約するというものだ。

○ 契約という考え方そのものが誤っているわけではない。英国は追加の発電能力を必要としているし、特に原子力については初期投資において政治的なコミットメントが必要だ。しかし入札によって契約する方法と、政治家が購入価格を固定する方法とでは考え方が全く異なる。政府が特定技術のつまみぐい(picking winner)をすることは問題がある。

○ デイビー大臣はガス価格が不安定で上昇傾向にあるため、英国をそうしたリスクから遮断するためにはグリーン政策が必要であると主張する。しかし過去のトレンドで将来を見通すことはできない。かつてピークオイル論が広く喧伝されたが、それがナンセンスであったことは明らか。シェールオイルやシェールガスによって北米はエネルギー自給率を高めており、米国と欧州のガス価格ギャップは欧州の競争力を大きく損なう要因となっている。

○ 気候変動の観点から電力改革法案を主張する議論もあろう。しかし現在の再生可能エネルギー技術、特に風力はエネルギー密度が低く、間欠性が高いため、気候変動対策にはほとんど役立たない。

○ 政府がどの技術をピックアップするかを決める前に、デイビー大臣の「ガス価格は上昇する」という仮定が間違っていた場合を考えるべき。エネルギー施設は耐用年数が長く、将来をロックインする。仮にガス価格が低下する中で英国だけが割高な再生可能エネルギーにコミットしたらどうなるか。英国では高エネルギーコストによって産業空洞化が進み、温室効果ガスは低下するだろう。しかしそれは炭素密度の高い輸入が国内生産をオフセットするのみ。エネルギー需要も低下するだろう。しかし、これはデイビー大臣が主張するようなグリーン・ディールではなく、エネルギー多消費産業の疲弊と、家計所得の低下によってもたらされる。

○ 今からでも遅くないので、アプローチを見直すべき。政府がやるべきことは必要十分な電源が確保されるよう、オークションをやること。低炭素化を進めるための市場メカニズムは存在する(注:排出量取引ではなく、炭素税を想定しているものと考えられる)。特定技術をつまみ食いし、契約価格を固定する必要はない。政府は勝者をつまみ食いしたいのかもしれないが、往々にして敗者は政府をつまみ食いしたがるものだ(While the government might like to pick up winners, losers tend to pick governments)。ロビイストの活動を見れば明らかだ。

 両方の論考で見えてくる構図は、「原子力ムラ」ならぬ「再生可能エネルギームラ」が出来ているということである。ヘルム教授の議論は、トップダウンのグリーン政策が主流である欧州諸国ではまだ多数派になっていないかもしれない。しかし、経済環境が厳しくなる中で、このような議論が、英国内部から出てきていることは興味深い。ヘルム教授とはまだ会えていないが、COP18の後にでも一度会って話を聞いてみたい。

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