第3回 日本鉄鋼連盟 国際環境戦略委員会委員長/新日鐵住金株式会社 環境部上席主幹・地球環境対策室長 岡崎照夫氏

日本は世界最高水準のエネルギー効率をさらに極め、世界に貢献する


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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 第3回目にご登場いただくのは、日本鉄鋼連盟 国際環境戦略委員会委員長/新日鐵住金株式会社 環境部上席主幹・地球環境対策室長の岡崎照夫氏です。日本の鉄鋼業の優れた省エネ・環境技術は、グローバルな視点から持続可能な社会形成に不可欠と言われます。鉄鋼業の低炭素社会実行計画の取り組みや海外との連携、省エネ・環境技術の移転などについて、率直なご意見を聞きました。

日本は自主的にチャレンジングな目標を立て、社会に対して説明責任を果たす

――日本の鉄鋼業は、温暖化問題に主にどのように取り組んでいるのでしょうか?

岡崎照夫氏(以下敬称略):政府の京都議定書目標達成計画に対応する産業界の計画である「経団連自主行動計画」は2012年で最終年になりますが、私たち鉄鋼業は、京都でCOP3が開催された1997年の前年には既にこの問題を議論し、自主的にチャレンジングな目標を立てて、鉄鋼業の自主行動計画を策定し、公表しました。70年代の石油危機の時から一貫してエネルギー効率改善に取り組んできましたので、残された削減ポテンシャルは少なかったのですが、2010年(京都議定書第一約束期間2008~2012年)目標として10%の省エネ(1990年に比較して)を目指しています。(1990年までの20年間では約20%のエネルギー効率を改善)。非常に厳しい目標でしたが、クレジットを使ってでも達成するという当初の約束に対して、懸命な省エネ努力もあって、第一約束期間の達成は何としてでも達成するつもりです。

岡崎照夫(おかざき・てるお)氏。東京工業大学エネルギー科学専攻修了(核融合工学)。1978年4月新日本製鐵株式会社入社。78年4月より大分製鉄所勤務。83年6月より英国インペリアルカレッジ博士課程(材料科学)へ。85年9月帰国、名古屋製鉄所製鋼部・生産技術部。97年11月より本社環境部に。現在、新日鉄住金㈱本社環境部上席主幹、兼地球環境対策室長として地球温暖化問題担当。日本鉄鋼連盟国際環境戦略委員会委員長。

――達成できた主なポイントは何ですか?

岡崎:製鉄所や各社の中はもとより、鉄鋼連盟としても計画が着実に進捗しているかどうか常に実績を把握し、専門委員会で議論・評価を行い必要に応じて軌道修正をしたり、各社の専門家が国内の製鉄所(各社の製鉄所を持ち回りで)に定期的に集まり省エネ技術の実態を現場で議論し共有化することなどを行ってきたことが挙げられます。更に、日本経団連全体でのフォローアップや、第三者評価委員会における検証と政府においても審議会の下の公開の場でフォローアップを受ける中できちんとしたPDCAがなされており、計画に沿って省エネ設備投資をやってきています。過去に国家プロジェクトとして鉄鋼各社で技術開発を行って、技術を確立した難しい次世代技術、例えば京都議定書第一約束期間(2008年~12年)に新日鉄住金の大分製鉄所で1号機が立ち上がったコークス炉の次世代コークスなどが具体的に戦力化しつつあります。

――投資の規模が大きく負担になりましたか?

岡崎:そうですね。1970年から90年の20年間で約3兆円投資しています。90年以降2010年までに約1.7兆円とやはり同じくらいのペースで投資をしてきています。

――業界として目標が達成され、成功といえそうですね。

岡崎:目標達成は本当にぎりぎりのところです。

70年代のオイルショックから90年までの20年弱の期間は、鉄の生産量は、殆ど変わらず、1億トン強で推移しています。エネルギー効率については、この間で約2割、次の20年間(1990年~2010年)で約1割の効率の改善を実現しました。現在2020年に向けての「低炭素社会実行計画」の詳細のアクションプランを作っています。2020年に向けて、省エネ技術の導入などにより、BAUから500万トンのCO2削減を目指していきます(2010年度の排出量1.9憶トンの約3%)。

――日本の省エネ技術は世界最高レベルですので、今後は5%の省エネも厳しいということでしょうか?

岡崎:極めて大きな”努力“が必要ですし、何としてでも目標を達成することはやはり大事です。日本の鉄鋼業の真の実効性ある温暖化対策は、この自らの省エネを継続するだけでなく、日本において培った省エネ技術を海外に普及して地球規模でのCO2削減を実現して行くことです。

排出権取引制度(ETS)は日本でも全く意味がない。

――欧州では排出権取引制度(ETS)を導入していますが、日本での可能性はいかがでしょうか?

岡崎:“西欧的な考え方”では、キャップを持って目標としながらそれに向かって行動し、オーバー達成すればそれは売れ、未達成のところは、買うかペナルティを払うという、一般的に極めて一見合理的に見える仕組みです(いわゆるキャップ・アンド・トレード)。

 日本は、第一約束期間の自主行動計画もそうですが、ギリギリ達成できるかどうか、最大限の努力代を織り込んだチャレンジングな目標を設定します。その意味では、目標をオーバー達成することは、結果的にチャレンジングな目標ではなかったのではないか、と仰る方もおられるわけです。

 そういう意味では、(前述の)二つの考え方は、全く逆です。排出権取引をやるのであれば、結局目標を境にして売り買いのバランスをしますので、結果としてそれほど難しいチャレンジングな目標は立てないでしょう。

 CO2総排出量は、経済規模に直結する指標であり、2020年の正確な経済規模は誰も読めない中で排出総量を目標にすることは極めて困難です。リーマンショックや東日本大震災など、思いもよらない事象が起きるかもしれない。

自主行動計画で目標達成。追加でクレジットを購入せずに済む可能性が高い

――総量規制の代替提案はありますか?

岡崎:現在の経団連自主行動計画において取り組む34業種の90年のCO2排出量は、5億トンで、そのうち鉄は2億トンを占めます。例えば石油連盟さんはCO2の原単位を目標にするなど、各業種がそれぞれ目標を持っています。「バラバラじゃないか」というご批判もいただきますが、すべての業種でCO2排出量はガイドラインに沿って計算しています。総量でどれだけ削減できたかについても、経団連全体、また業種ごとに公表しています。

 2010年度実績では、経団連全体として、90年に比べてCO2排出量は約12%減りました。経済成長をしていく中であっても、90年度比、±0%以下にするのが目標ですので、その目標は達成しています。また、12%の改善実績について、要因分析を行い、公表しております(概数ですが、生産規模の増加+5%、購入電力など排出係数影響-2%、エネルギー効率・CO2原単位改善-16%の総和で、12%の改善)。経団連は第三者評価委員会を作り、かつ政府が審議会でそれぞれの業種をフォローアップし、三重にチェックされ、それぞれの業種が説明責任を果たしています。

――長年、努力を積み重ねてこられたわけですね。

岡崎:海外に行くとよく誤解されるのですが、自主行動、つまりボランタリーは、海外では極めて無責任な響きがある。しかも海外では(日本と背景が異なる中、経団連タイプと異なるタイプの)自主行動計画の失敗例はいくらでもあります。しかし、日本の経団連の自主行動計画は、政府が決定した京都議定書目標達成計画の中でも明確に位置づけられており、最終的には法的拘束力のある(legally binding)目標ではありませんが、我々は政治的・社会的に拘束力のある、いわば社会へのコミットメントとして重く受け止め、必ず達成するとして取り組んでいます。

 2000年代前半には、鉄鋼業の排出量が少しずつ増えており、当時、目標達成が困難なことが想定されたため、京都メカニズムのクレジットを買い始めました。ピーク時には鉄鋼業トータルで、約5900万トン分のクレジットを契約していましたが、現在も約3500万トン分の契約が残っています(2011年公表)。その後、リーマンショックの影響で、CO2排出量は大きく減りましたが、震災後は原発が十分に稼働していないという問題があり、その分の鉄鋼業の排出量は次第に増えています。

中国との関係から国際連携の重要性が高まっている

――国際連携は具体的にどのような状況でしょうか?またその実効性についてどう評価されていますか?

岡崎: 二国間・三国間以上・国連レベル、民間同士、官民連携など、さまざまな連携に取り組んでいます。世界の粗鋼生産14~15億トンに対して、中国が6~7億トンを占めています。民間レベルで「日中鉄鋼業環境保全・省エネ先進技術交流会」を2005年7月から始め、毎年開催場所を日中交互に代えながら継続的な連携を図っています。

 2006年4月にはAPP(クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ)のタスクフォース会合が環太平洋7か国で、鉄鋼や電力など8分野での官民連携としてスタートした。この活動は、2011年に終了し、その後、鉄・電力・セメントの3分野はGSEP(エネルギー効率向上に関する国際パートナーシップ)としてスタートし、昨年9月のワシントン準備会合を経て、今年の3月に東京で1回目の会合を開き、2回目は来年の春先の開催に向けて現在、準備をしています。

 民民では、世界鉄鋼協会(WSA)において世界中の鉄鋼業が温暖化問題について国際連携に取り組み、年に2回定例会合を開催してきました。直近では、今年9月にブエノスアイレスで開催されました。世界の鉄鋼の製鉄所ごとの毎年のCO2排出量や排出原単位など2007年以降のデータを蓄積し、世界データベースを作り上げてきたのは、一つの大きな成果です。原単位の算定方法については、従来各国が勝手に計算していましたが、今回の連携の中で、計算方法を統合した。この算定方法のバウンダリー(算定する対象の範囲で、今回の場合は、鉄づくりに必要な個別のプロセスをすべて含めている)等は、自主行動計画のものをベースとしており、日本の鉄鋼業界がISOに対して標準化の提案をし、マジョリティーの賛成を得て、現在ISO化のプロセスにのっている。来年初めには国際標準として成立する見通しで、日本が主導した極めて大きな成果となると思います。

――その他、海外との連携で主だった取り組みはありますか?

岡崎:京都期間の目標達成が厳しかったので、CDM(クリーン開発メカニズム)プロジェクトも手掛けました。国連のCDM理事会に申請し、中国で行う省エネプロジェクトをCDMとして認めてもらい、クレジットを発生させて、それを日本の鉄鋼業が買い上げて目標達成に使おうというものです。

 ところが、現在では省エネはなかなかCDMとして認められません。儲かるような、利得のあるものはダメというわけです。しかし、省エネ技術は設備の初期投資も要りますし、途上国もインセンティブとして欲しいわけです。CDMを補うものとして、我々は「二国間オフセット・クレジット・メカニズム」を現在進めています。

 もう一つは、2020年に向けての低炭素社会実行計画で、その柱の一つが、海外への技術移転・普及で貢献するということです。国際的に認められるMRV・評価計算方法を作ることを進めています。鉄鋼生産は、まだ中国の1/10ですが、粗鋼生産量が直線的に伸びているインドを一番の対象国にしています。

――これほど国際連携が進んでいるとは驚きました。

岡崎:国際連携が重要になっているのは、中国との関係からです。否応なく彼らは資源を大量に消費してしまうし、値段は上がり、資源効率は悪いままです。効率よく生産することは彼らにも我々にもベネフィットがあります。彼らに早めに対処してもらわないと、資源やエネルギーの無駄遣いをされてしまう(資源・エネルギー価格の上昇を招く)。あとは二国間で協力的なセクトラルアプローチをやっていく体制を作るということ。日本鉄鋼連盟では国際環境戦略委員会を何年か前に作り、私は委員長を務めていますが、バイ・マルチの官民連携GSEP、World Steel Assciation(世界鉄鋼協会) 、IEA(国際エネルギー機関)、その他の活動を鉄鋼各社が政府とも連携しながらやっています。

地球規模の持続可能性を考えると、中国との連携は不可欠

――主に日本が中国へ技術供与という形になるのですか?

岡崎:京都議定書が採択された1997年は日本も中国も鉄鋼の生産は、ちょうど1億トンずつでしたが、その後、日本の生産も1~2割伸び、中国は7億トンまで生産量を伸ばしています。97年当時の中国は古い設備で効率が悪かったが、増えた分の6億トンは、概ね最新鋭設備で作っています。毎年中国では当時の新日鉄規模の設備が1個ずつ増えている状況でしたが、最近では新日鉄が毎年2個できているイメージです。鉄鋼需要も生産能力もともに伸びてきましたが、最近ではオーバーキャパシティになり、各国に少しずつ輸出を始めています。ですから、鉄鋼の国際マーケットでは、まさに競争相手です。しかし、一番製造が難しい鋼などは生産できないため、日本から輸入しています。

――国際市場においてはライバルですが、連携も大事なのですね。

岡崎:そうです。現在、技術に基づくボトムアップ型の官民連携アプローチのGSEP(エネルギー効率向上に関する国際パートナーシップ)では、我々は日米連携を一番重視して推進しています。米国からすると、日本の鉄鋼業がこれまでやっていたようなCDMは、競争相手である中国に一方的に利得を渡すようなことになるため日本を批判していました。

 CDM(クリーン開発メカニズム)では、我々が中国に行って省エネ技術移転を行い、そのプロジェクトを一緒にCDM申請を国連に行い、承認登録されクレジットが発行された段階で、クレジットを日本側が買い取り、中国の鉄鋼企業に現金をお支払います。結果的には技術を日本から渡して、お金も渡している格好になります。

 米国としては、競争相手にそんなことするなんてけしからん、と怒るわけですが、京都議定書の性質上やらないよりはやった方が我々にもメリットがあるからやるわけです。自分で設備投資を追加してやるより、お金を払ってやった方がいい。日本はイコールフッティングではない京都議定書を批准したため、それは不平等そのものですが、その中で一番経済的にやろうと思ったら、中国にお金を渡すのが一番経済合理的なのです。

――なるほど、米国もその説明に納得しましたか?

岡崎:彼らも「なるほど」って言っていました(笑)。日本鉄鋼連盟では欧州との連携を進めていますが、それ以外にも各社がそれぞれ連携を進めています。

――国際的な連携は、国内での取り組みにメリットがありますか?

岡崎:結局国内で温暖化対策を進めるためのスキームをどうするかということが最も大事なことです。製品を通じた社会でのCO2削減貢献や、省エネ技術普及などによる地球規模でのCO2排出削減活動が温暖化対策として実効性があり、日本の国内で総量規制などに走ることはそのような活動を制約してしまい温暖化対策に逆行する。日本の役割や実態にふさわしい実効性ある温暖化対策を誘導する政策・施策の導入の重要性を示し提案するためにも、国際連携を通じて具体的に立証しいていくことが大切です。

日本はブレークスルー技術開発で、世界に貢献していく

――国内での今後の課題は何でしょうか?

岡崎:経団連が中心となって京都議定書第一約束期間の自主行動計画の次の低炭素社会実行計画を議論していますが、産業界として共通な考え方が出来上がってきました。鉄鋼業の事例では、国内でのCO2排出量削減量は約500万トン(対2020年BaU=自然体ケース)ですが、海外では技術移転・普及で年間約7000万トン削減の貢献ポテンシャルがあります。

――ブレークスルー技術の開発状況はいかがでしょうか?

岡崎:2050年に向けて鉄鋼需要は現状の2倍程度に増えていくとの予測が種々機関(IEA, RITE等)でされています。この時点で、発生するスクラップ量も増えるため、電炉(スクラップを溶解して鉄鋼生産を行う)生産は増加しますが、需要がそれ以上に伸びるため、鉄鉱石を還元する製造ルート(高炉転炉法)の生産も大幅に増えます。

 鉄鉱石の還元には、石炭を使います。これは炭素と水素の塊ですが、より少ないCO2排出量で還元するには、たとえば水素の比率を上げることが考えられます。一つには水素単体をうまく使えればCO2が発生せず、水だけしか出てこない。水素を使って還元する技術ですが、ラボ試験でごく少量作るのは比較的簡単ですが、大量生産することは非常に難しい。もう一つは、CO2分離です。2050年時点でも水素還元に完全に置き換わることは考えられず、やはりマジョリティーは石炭を使った還元が残ります。その場合には、CO2は必ず出てきます。そのCO2を分離して取り出すCO2分離回収技術も重要です。この二つを柱にして、国家プロジェクトで次世代の革新技術として鉄鋼各社が連携して開発しています。

――これはまさにブレークスルー技術になりそうですね。

岡崎:2050年実現を目指して「革新的製鉄プロセス技術開発(COURSE50)」を進めてきましたが、前倒しして2030年に一号機を国内に導入することを目指しています。このような取り組みは2000年代初頭から欧州で研究開発を始めています。次いで日本でもCOURSE50がスタートし、米国ではラボベースで研究開発されています。この中で、日本の特徴は、鉄づくりの中で発生する廃熱をうまく回収して、水素製造やCO2分離技術に生かしていることです。革新技術の中にも、エネルギー効率改善をきちんと入れております。これにより、日本の世界最高水準のエネルギー効率の可能性をさらに高めるべく努力し、我々は国際連携により、世界全体のエネルギー効率改善とCO2排出削減に貢献していきたいと思っています。

【インタビュー後記】
 京都期間における鉄鋼業界の自主行動計画がいかにチャレンジングなものであるのか、岡崎さんのお話を聞いて再確認しました。リーガルバインディングではないが、社会へのコミットメントとして、敢えて厳しい目標に向かって取り組んでこられた真摯な姿勢には感服しました。以前、製鉄所の現場を見学したことがありますが、想像を超えた大規模な製鉄プロセスにおいて、省エネを図ることの大変さを垣間見た思いでした。ポスト京都における低炭素社会実行計画では、京都議定書第一約束期間の実効性をさらに発展させる計画が盛り込まれていますが、最高水準の技術開発で国際貢献していくことに日本の使命を感じます。

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