国民の省エネ意欲を削ぐだけの環境税

「エコ神話」の産物としての環境税の論理矛盾を突く


東京工業大学名誉教授

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 今年(2012年)の10月1日、環境税が施行された。この環境税は、民主党政権発足後の鳩山25%のCO2削減の国際公約を実行するために、その法案化が図られてきた地球温暖化対策基本法(以下温対法)の3本柱の一つであった。しかし、この温対法の法案化は、その後の首相の相次ぐ交代で、日の目を見ることなく終わろうとしている。この温対法の3本柱とは、国内のCO2排出権取引、再生可能エネルギー全量固定価格買取(FIT)制度とこの環境税である。いずれも、産業の発展を阻害するものとして産業界が強く反対していた。そのなかで、原発事故後、脱原発に宗旨替えした菅元首相の退陣の引換条件として、原発電力の代替に国産再生可能エネルギーの生産を促進する目的でFIT制度が産業界の反対を抑えて法案化され、7月(2012年)から実施されている。次いで、国家財政の健全化のために、消費税の増税に政治生命をかけるとした野田首相のもとで、税制改正の一環として、石油・石炭税の改正の形で法案化されたのが環境税である。これで、鳩山25% CO2削減を目的とした温対法の法案化の要請が、CO2直接削減を直接目的とした国内排出権取引を除いて、原発代替のエネルギー消費の削減目的に姿を変えて(結果としてCO2の排出削減にも貢献する)、実質的に達成されたことになる。

省エネの達成目標とは無関係に国民のお金を強奪するだけの環境税

 ところで、この環境税が、果たして、その目的とするエネルギー消費の削減に貢献するであろうか?答えは、NOである。生活用や産業用の省エネルギーでは、エネルギー消費の削減が直接、消費者にとっての経済的な損失をもたらさない。すなわち、生活用の省エネであれば、それによる便利さの放棄が電気代や燃料代の節減として還元される。また、産業用の省エネでも、それは事業経営の合理化に貢献する。いずれも、エネルギー消費者の協力が得られやすい。これに対して、環境税は、エネルギー価格を政策的に釣り上げることで、いわば強制的に、エネルギー消費量の削減を図る方策である。生活用でも産業用でも、エネルギー価格の値上げにより、その消費の削減を迫られるのは、この値上げ額の支払いが困難な低所得者や、産業用では資金力の乏しい中小企業者である。すなわち、生活や産業の維持に必要なエネルギー価格を上げて省エネを強制するのは、まさに弱いものいじめの社会正義に反する非民主的な政策と言わざるを得ないし、また、いま、原発事故後のエネルギー供給の危機が言われるなかで、何とか省エネに協力しようとしている多くの国民が、その見返りとして得ることのできる節減金額を政府が取り上げてしまうことになる。

 より具体的に、この環境税の不条理をみてみよう。いま、当面の環境税額は、輸入化石燃料に対し、石炭 220円/t、石油 250円/kℓ、LNG 260円/t とされている(朝日新聞9/28)。この税額に、これら化石燃料についての2010年度の輸入量、石炭(一般炭と原料炭の合計)105,945千t、石油 214,357千kℓ、LNG 70.562千t(文献1 参照)を乗じて、環境税の税収の合計を求めてみると、1,130億円と計算される。これに対し、政府は、環境税の施行により2016年度には2,632億円の税収が見込まれるとしているから、2倍以上の金額である。化石燃料の消費量を減らすのが目的の環境税だから、2016年度の輸入量は 2010年度のそれより増えてはいけない。政府は環境税の税額を段階的に増やすとしているから、2016年度には、2倍以上にするのであろう。問題は、この税額の決め方である。環境税は、化石燃料消費の削減が目的であるが、消費者にとっての生活と産業の維持に必要なエネルギー消費量は簡単には減らすことができない。したがって、税額をよほど高くしない限り、エネルギー消費量は余り変わらないであろう。結局は、いま問題になっている消費税と同じで、目的とする税収金額を先に決めて、この金額から逆算して、消費税の税率に相当する環境税額が決められることになる。すなわち、省エネを促すとした環境税の目的が達成されなくとも、確実に、国民からお金を取り上げることができる。これが環境税である。では、このようにして広く国民から巻き上げたお金が何に使われるのであろうか?政府は、環境税の税収は、中小企業や民間団体の省エネ機器の購入時の補助金や地方自治体が自然エネルギーをつくるための基金として使うとしている。しかし、このような目的のお金であれば、その使用による効用が、きちんと金額として示されなければならないが、それがなされていない。いや、現状では、それができない。
 
 そもそも、政府は、省エネの効用について判っていない。いま、日本経済にとっての省エネの効用は、エネルギー源となる化石燃料の輸入金額の削減なはずである。例えば、省エネ機器の購入のエコポイント制度であれば、その省エネ機器の使用による化石燃料の輸入節減金額がエコポイントとされなければならないが、実際のエコポイントでは、そうなっていない(文献2参照)。また、自然エネルギーの利用でも同じである。すなわち、現在、自然エネルギー電力の利用・普及のために補助金が支払わなければならないとしたら、その金額は、その生産設備で生み出される電力の使用による輸入化石燃料の節減金額でなければならない(文献3参照)。この環境税によって、国民から強奪されるお金は、一銭たりとも、わけのわからない目的のために使われるべきでない。いま、メデイアは、この環境税の施行に際して、政府が発表している環境税による消費者の負担金額、世帯あたり年間1,228円(2016年の値?朝日新聞/28)の多寡を問題にしているが、これは、とんでもない見当違いである。

「エコ神話」の非常識から生み出された環境税の論理矛盾

 上記したように、環境税は、石油・石炭税の改正として法案化された。この石油・石炭税は、石油危機の後に、化石燃料の消費量を少しでも減らすことで、その輸入金額を削減する目的でつくられた。この税収は、エネルギー特別会計として、省エネ技術の開発とともに、化石燃料の代替となる新エネルギーの開発・研究などの資金に使用された。しかし、その後、国際原油価格に連動する化石燃料輸入価格の低迷に伴う経済発展で、化石燃料の輸入量が増加して、この石油・石炭税で集められた金額が増加して行った。そこで、このお金の使い道として、エネルギー関連の項目とともに、環境保全の使用目的が加えられた。すなわち、エネルギー特別会計のお金として、環境保全の事業や開発研究などにもこの税金が使われるようになった。筆者自身も、ODAのお金として、途上国の環境保全に関連した海外技術協力にこのお金の一部を使わせて貰った。当時は、このお金を使うための何かよいテーマはないかと盛んに質問されたものである。ただし、この場合の環境保全は、あくまでも地域環境保全であった。それが、地球温暖化対策としてのCO2排出削減が国策として取り上げられるようになって、この環境保全が、地球環境保全にすり替わって、CO2排出削減事業の資金としても使われるようになった。
 しかし、CO2排出の削減にはお金がかかる。石油・石炭税だけでは間に合わない。かといって、現状の財政赤字の中で、多くの反対意見を抑えて消費税増税の決定を強行した野田政権は、このお金を一般財政の中から支出する余裕はない。そこで、考えついたのが、この石油・石炭税に上乗せして広く国民から徴収する炭素税=環境税であった。この税が施行された当日(10月1日)の朝日新聞は、社説で、この環境税を、「脱原発を進めながら、CO2の排出を抑えていくための公平で合理的な仕組みだ」と評価しているのを見て、筆者は、驚くというより、大きな悲しみを覚えた。それは、いまだに「地球温暖化防止のために、日本でのCO2排出の抑制のために国民のお金を使わなければならない」とする「エコ神話(筆者の造語?)」が、この国の知識層を支配していて、この新聞は、その旗振り役を演じ続けているからである。

 地球環境保全としての地球温暖化が地球大気中のCO2濃度の増加に起因するとの科学的な証拠はない。また、もしこの地球温暖化のCO2原因説が正しかったとしても、現状では、CO2の排出削減にはお金がかかる。地球温暖化は地球の問題である以上、世界の全ての国、特に、中国や米国などの排出大国の協力が得られなければ、地球大気中のCO2は削減できない。世界のCO2の排出量の4%程度の寄与しかしていない日本だけが、「エコ神話」を盲信して、国内のCO2の排出の削減に国民の経済的な負担を強いることには何の意味も見出だせない。エネルギー供給のために化石燃料に依存しなければならない状態が続く以上は、現代文明生活を支えている化石燃料エネルギーの確保のための金額の最小化をはかることが最優先されなければならない。そのなかで、やがて枯渇する地球資源としての化石燃料資源の保全に努めれば、結果として、地球のCO2排出量の積分値を小さくできる(文献2参照)。
 地球のエネルギー資源の保全のための国民の省エネ意欲を削ぐだけに環境税が、「エコ神話」の産物として、「革新的なエネルギー・環境戦略」のなかに入り込む理由はどこにも存在しない。

引用文献;
1.日本エネルギー経済研究所編;「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2012年版」、省エネルギーセンター
2.久保田宏;「脱化石燃料社会―「低炭素社会へ」からの変換が日本を救い地球を救う」、化学工業日報社、2011年
3.久保田 宏;「科学技術の視点から原発に依存しないエネルギー政策を創る」、日刊工業新聞社、2012年

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