卸電力市場活性化議論に持続性確保の視点を


Policy study group for electric power industry reform

印刷用ページ

 電力システム改革の議論において、卸電力市場の活性化が大きな論点となっている。7月に公表された「電力システム改革の基本方針」でも「事業者間の競争を促進し、かつ、特定の供給区域の枠を越えて最適な発電効率を実現するためには、卸電力市場の活性化が大きな課題」と指摘している。日本では、2003年の総合資源エネルギー調査会電気事業分科会答申「今後の望ましい電気事業制度の骨格について」を受け、日本卸電力取引所(Japan Electric Power Exchange、略称 JEPX) が私設任意の取引所として設立された。2005年の取引開始以降取引は年々増加し、現在の取引量は年間60億kWhほどであるが、卸電力市場を活性化し、これをさらに増やそうとするものである。もっとも、安定的な供給が求められる電気の特性を考えれば、電源の調達は、電源を自ら保有するか、長期の相対契約で確保することが中心となるべきであり、前出の分科会答申でも、「卸電力取引市場の整備は、これら(自己保有又は長期相対契約)を補完するもの」と謳われていることはしっかり踏まえる必要があろう。

卸電力取引のメリットは欧州とは違う

 日本はもともと、卸電力取引を広域で行うメリットが欧州ほど大きくない。欧州は、フランスの原子力、北欧の水力、ドイツ・ポーランドの石炭火力など国によって電源構成に大きな偏りがあることから、国際間の卸電力取引により、相互に補完し合い、欧州全体としてベストミックスを確保しているのだ。日本は、欧州のように、地域による大きな電源構成の偏りは見られない。これは、従来から地域間の電気料金格差の解消が求められてきたことに応えて、各地域の電力会社がそれぞれにベストミックスを追求してきた結果と言えるが、日本は、燃料の大部分を海外からの輸入に頼っており、全国どこに発電所を作ってもコストはそれほど変わらないので、もともと偏りが生じにくい環境にあるとも言える。ちなみに、欧州全体の電源構成は日本と似通ったものとなっている。

 もっとも、日本においても、卸電力取引を通じて広域メリットオーダーを実現することは、電力供給を効率化するという効果が期待できる。「電力システム改革の基本方針」でも、これを目的に、一般電気事業者による卸電力市場への積極的な参加を求めている。

広域メリットオーダーとは

 メリットオーダーとは、利用可能な電源を可変費(燃料費が太宗を占める)の安い順に並べたものである。電気事業者は通常、自社の需要に供給するため、電源をこのメリットオーダーにしたがって活用していく。そうすることにより、コストが最小化されるからである。広域メリットオーダーとは、一言でいえば、この電気事業者ごとのメリットオーダーを全国大で更に調整し、最適化することである。例えば、電気事業者AとBが存在し、それぞれのメリットオーダーが図1のとおりであったとする。

(図1)

 この場合、A、Bともそれぞれの手持ちの電源の範囲でコストを最小化している。しかし、Aが自らの需要を満たすために可変費11円/kWhの電源G3を稼働させている一方、Bが保有する可変費9円/kWhの電源G6にはまだ余力がある。したがって、図2のように、BがG6を増出力して、Aに供給し、AがG3の出力を減らすという調整を行えば、全体のコストを削減することができる。

(図2)

 図1及び2を見ても分かるように、メリットオーダーを個別の事業者で行っても、全体で行っても、可変費の安い電源(ベース電源あるいはミドル電源、図1及び2のG1、G2、G4、G5)は同じように稼働する。調整されるのは可変費の比較的高い電源(図1及び2のG3及びG6)である。つまり、JEPXのスポット市場において、各事業者が、供給余力を売り入札するとともに、自社の可変費よりも安い電源が売りに出ていればこれを購入する、という行動をとれば、広域メリットオーダーによるコストの最適化が期待できる。

広域メリットオーダーが実現しないわけ:電力システム改革専門委員会事務局の見解

 電力システム改革専門委員会の事務局、つまり資源エネルギー庁は、現状広域メリットオーダーは実現していないとの認識に立っている。その背景について、第3回電力システム改革委員会における事務局提出資料では、「一般電気事業者による卸電力取引所活用の状況と限界」と題して、次のように説明している。

<以下引用>
【取引所からの「買い」】
○一般電気事業者は、「原則として、地域内の需要は自社の発電設備でまかなう」との考え方。総括原価方式の下で、自社設備の固定費は事前に想定した利用率で原価に織り込み済みであるため、「自社設備の可変費>取引所価格」となる場合のみ、調達インセンティブが生ずる。
【取引所への「売り」】
○発電部門としては、固定費は自社需要向けに計上済みであるため、可変費を超える価格で売却できれば収益が出るが、一般電気事業者は別途、小売分野で競争しているところ、自社の需要家に対するコスト計上との関係上、固定費を上乗せした額で売り入札を行っている事業者が多い。仮に、可変費ベースで売却すると、結果的に競争相手にシェアを奪われると考えるのは自然であり、実際の入札にあっては、このような行動が過半を超える。
→ これは、発電と小売の両方を有する株式会社である一般電気事業者にとっては、経済合理的行動ともいえ、仮に、取引所活用による流動性向上を抜本的に拡大しようとする場合、電力会社による「自主的な取組」を促すだけでは限界があり、何らかの制度的枠組みの構築を検討する必要があると考えられる。
<引用終わり>

 上記を先ほどの電気事業者A、Bの例に即して説明する。
 スポット市場において可変費ベースの取引が行われていると、図3のようになる。電気事業者AはG3の可変費よりも安い供給力が得られれば、G3の出力を減らしてコストを削減できるので、買値は11円/kWh-α、電気事業者BはG6の供給余力を可変費を超える価格で売却できれば収益が出るので、売値は9円/kWh+αとなり、取引が成立する。

(図3)

 しかし、図4のとおり、電気事業者Bの売値が、可変費9円/kWhに固定費(資本費、運転維持費等)を加算した13円/kWh+αとなっていると、取引は成立しない。日本の現状は、このようになっているケースが多いとの指摘である。

(図4)

 このようになる理由は、事務局資料によると次の通りである。
 電源G6から見れば、可変費を超える価格で売れれば収益が出るので、可変費+αで売るインセンティブがある。
 しかし、電気事業者Bは、自社の需要家に対しては、固定費込みの価格で電源G6の電気を販売している。
 したがって、電源G6の電気をそれよりも安い可変費ベースの価格で売ってしまえば、それを購入し転売する新電力に自社の需要を奪われる可能性がある。

 つまり、事務局は、広域メリットオーダーが実現するには、スポット市場において可変費ベースの取引が成立する必要があるが、そうなっていないのは、発電と小売を併営する営利企業である一般電気事業者が、自社の利益を確保するために、つまり小売分野で需要を奪われないようにするために「経済合理的行動」をとっているから、という認識と理解できる。その上で、可変費ベースの取引を実現するために「何らかの制度的枠組み」つまり強制的な制度の検討が必要、と指摘している。具体的には、スポット市場において、一般電気事業者に可変費ベースの売り入札を要求することが念頭にあるのだろう。また、電力システム改革専門委員会では、ピュアな市場原理に則って「可変費を超える価格で売れれば利益が出るのだから、可変費ベースで売るべき」といった意見も経済学者である委員から出ていた。

固定費の回収ができなければ、設備産業である電気事業は持続できない

 しかし、このような意見は、固定費の回収ができなければ、設備産業である電気事業は持続できない、という視点に欠けている。この点について、「可変費ベースで売り入札をしても、市場価格はそれ以上のところ(需要曲線と供給曲線の交点)で決まるのだから、市場価格と可変費の差分で固定費は回収できる」という主張を時々耳にするが、正確ではない。「回収できる」のではなく、「回収できるかもしれない」にすぎない。現実がどうなっているかについては、前回の「テキサス州はなぜ電力不足になったのか」で一例を紹介した。

 米国における電力自由化の成功例と言われることが多いテキサス州であるが、最近行われた分析で、ミドル電源、ピーク電源となるガスコンバインドサイクル及びシングルサイクルのガスタービンについて、市場価格から得られる利益では、固定費の回収が出来ない構造となっていることが明らかになっている。そして、その分析の通り、テキサス州では、電源の建設が進まず、電力不足が問題になっている。

 テキサス州の電力市場は、単純なkWhの市場である。つまり、卸電力市場において、電源は、自分が発電した電力量(kWh)に対する対価が、得られる収入のほぼすべてである。このような市場では、電源は、発電しなければ収入が得られないから、通常、可変費ベースの価格で売り入札をして、まずは発電することを優先する。市場価格には上限が定められていて、テキサス州では3米ドル/kWhである(今年8月からは4.5米ドル/kWhに引き上げ)。普段は可変費しか回収できなくても、需給が極端に逼迫するスーパーピークの時間帯では3米ドル/kWhまで価格が上昇するから、そこで固定費は回収できるはず、という理屈の市場である。しかし、実態として固定費の回収が出来ていない。

 自由化された電力市場における固定費回収の問題は、世界中で認識されている。多くの国・地域で電力自由化は規制による余剰設備を抱えた中で始まったため、過去の遺産が減少するとともに問題が顕在化してきた、と言った方が正確かもしれない。この問題については、米国の有力コンサルタントThe Brattle Groupが2009年に作成したレポート”A Comparison of PJM’s RPM with Alternative Energy and Capacity Market Designs”に詳しい。それによると、テキサス州のような単純なkWhの市場(レポートの中では”energy only market”と呼んでいる)は、理論的には最も効率的な市場になりうるが、現実には、これを採用している多くの国・地域(レポートでは、英国、カナダ、オーストラリア、北欧、テキサスを取り上げている)において、固定費の回収漏れの問題(レポートの中では”missing money problem”と呼んでいる)が存在すると指摘している。

 他方、日本のJEPXのスポット市場は、テキサスと同じkWhの市場である。しかも、市場の価格は、インバランス料金が実質的に上限になっており、水準は概ね50円/kWh未満と、テキサス州よりも大幅に低い。この条件の下で、一般電気業者に可変費ベースの取引をさせれば、固定費の回収がテキサス州よりもさらに困難であることは想像に難くない。日本の電力市場において、可変費ベースの取引が行われにくいことを、一般電気事業者が自社の利益を守るために行動しているから、と捉えるのは一面的にすぎる。可変費ベースの価格で売り、それを転売する競争者に自社の需要を奪われれば、奪われた需要家から従来は回収できていた固定費が回収できなくなる。回収できなくなれば、事業の持続性が危うくなる。つまりは、日本の電力市場の制度が、そういう状況を招来しやすいという、根源的な問題として捉えなければ、日本も電力の恒常的不足にあえぐ事態に陥る危険性がある。

固定費回収漏れの問題に海外はどう対処しているか

 固定費の回収漏れの問題は、言いかえれば、市場に委ねるだけでは、社会から求められる供給信頼度、つまりは予備率が維持できないという問題である。海外のkWhの市場を採用している国や地域において、この問題にどのように対処しているか。前出のレポートによれば、多くは、供給信頼度維持に責任を持つ系統運用者(送電会社、ISOなど)が、市場外で必要な供給力を確保することで対処しており、そのコストは、託送料金を通じて系統利用者に転嫁される。ただし、市場の価格が自律的に適切な設備投資を促さなければ、系統運用者の市場外取引への依存が無限に拡大してしまうので、これはあくまで一時的な対処であり、問題の解決策ではないことに留意する必要がある。

 PJM等米国東海岸のISOでは、系統全体で確保すべき予備率を予め定め、電力小売事業者に対して「自らの需要規模×(1+所定の予備率)」に相当する供給力を事前に確保する義務を課している(供給力確保義務)。小売事業者は①自ら電源を保有する、②発電事業者と相対契約を結ぶ、③ISOが運営する発電設備容量市場で調達する、のいずれかの方法で、供給力の所要量を確保する。これは、kWhの市場とは別に、供給力確保義務の設定を通じて発電設備容量(kW)の市場を派生させ、電力小売を行う全ての事業者が自らの需要に見合った供給力を維持するコスト、つまり固定費を負担する仕組みを構築しようという試みである。このkWの市場は、PJMでも1998年の導入以来、たびたび制度変更を繰り返しており、まだまだ試行錯誤の途上にある制度であるが、最近では、欧州諸国でも関心が高まっている。規制時代の遺産である余剰設備が減少し、それ補う火力電源等への新規投資も再生可能エネルギーの増加に伴う採算悪化の懸念から進みにくくなっていることが背景で、英国等では導入に向けての具体的な動きが見られる。

まずは電力事業の持続性確保を

 日本の場合、一般電気事業者が各地域において供給信頼度を維持する役割を担っているものの、そのコストを誰が負担するべきか明確でなく、それを明確化することなく自由化を進めれば、新電力の合理的な行動が「フリーライダーになること」になってしまう危険性が大きい。
 広域メリットオーダー運用による効率化の利点はあるにせよ、この制度上の欠陥を放置したまま、静態的な市場原理に基づいて、一般電気事業者に可変費ベースの取引を強制することだけを追求するのは、事業の持続性確保の観点が欠落しているアイデアだと言わざるをえない。特に、原発の再稼働の遅れなど、事業者がコントロールできない事情によって電力需給がタイトな現況での実施は、慎重のうえにも慎重に行うべきだ。

 電力市場の自由化によるメリットも創出すべきだが、電気事業の安定性・持続性を喪失するデメリットは避けなければならない。両方を満たしうる制度構築を検討すべきであろう。そもそも、広域メリットオーダーによる、電気事業者間のメリットオーダーの調整は、事業者相互にとって利益になることなのだ。kWの市場の導入などによって、事業の持続性確保の問題がうまくクリアされるならば、強制措置によらずとも自然な市場取引の形で誘導される、と考えるべきだ。

(参考文献)
経済産業省,電力システム改革の基本方針(2012年7月)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_001_00.pdf

経済産業省,第3回電力システム改革専門委員会 事務局提出資料(2012年4月)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/003_s01_01b.pdf
※ スライド55枚目が該当部分

経済産業省,電気事業分科会答申「今後の望ましい電気事業制度の骨格について」
http://www.enecho.meti.go.jp/denkihp/bunkakai/14th/tousin.pdf

電力改革研究会,テキサス州はなぜ電力不足になったのか(2012年8月)

The Brattle Group,A Comparison of PJM’s RPM with Alternative Energy and Capacity Market Designs(2009年9月)
http://www.brattle.com/_documents/UploadLibrary/Upload807.pdf

記事全文(PDF)