テキサス州はなぜ電力不足になったのか


Policy study group for electric power industry reform

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つるべ落としとなっているテキサス州の予備率

 テキサス州は、米国における電力自由化の成功例として、しばしば取り上げられる。ところが近年、供給予備率の低下が大きな問題となっていることは、意外に知られていない。電力会社の電源建設が進まないためで、今後も予備率の低下が続く見通しとなっている(図1)が、これには自由化の進展と深い関係がある。
 米国のコンサルタント会社The Brattle Groupは、テキサス電力信頼度協議会(ERCOT)の依頼で作成したレポート”ERCOT Investment Incentives and Resource Adequacy”の中で、テキサス州の電力市場の実績を定量的に分析し、市場から得られる利益の水準が、電源投資を回収できる水準でないことが電源投資が進まない原因と指摘している。

(図1)テキサス州の供給予備率の実績と見通し
(出所)EIA, Electric Power Annual 2010 (2011.11)
ERCOT, Report on the Capacity, Demand, and Reserves in the ERCOT Region(2011.12)

 設備産業であるため固定費のウェイトが大きい電気事業は、固定費の回収が見通せなければ新たな投資は望めず、持続性がない。自由化すれば、発電分野は複数の電源あるいは発電事業者による競争市場となり、電気の価格は市場で決定される。最もシンプルに考えれば需要曲線と供給曲線の交点で決まる。電気は基本的に貯蔵が利かないため、時間帯によって価格は変化する。夏の日の昼間のような電力需要が多い時間帯には価格は高くなる一方、夜になって需要が減少すれば価格は下がる。図2に具体的なイメージを示した。青い線Sが供給曲線であり、利用可能な電源を発電コストの安い順に並べたものになる(これをメリットオーダーという)。これと赤い線の需要曲線の交点で価格が決まるわけであるが、需要曲線がD1(ピーク時間帯)であれば、価格はP1で決まり、需要曲線がD2(オフピーク時間帯)であれば、価格はP2まで下がる。

(図2)

 電力市場が競争的(competitive)であれば、供給曲線は各電源の短期限界費用を安い順番に並べたものになる。電気の場合、短期限界費用は、燃料費が太宗を占める。短期限界費用以上で電気が売れれば、その電源は必ず何かしらの利益を得るので、独占力の行使が出来ない限りにおいては、各電源は短期限界費用で市場に売り札を出すことになると経済学者は考える。また、このように形成された供給曲線の下で価格が決まることが、経済学上、社会全体の厚生を最大化することになり、経済学者はこの状態を望ましい状態と評価する。しかし、これはあくまで今現在ある電源を有効に活用するという、短期的な観点に限定した望ましさであり、長期的な視点に立てば、投下した資本をはじめとする固定費が回収できなければ、電源を維持していくことは出来ないし、ましてや新規建設のインセンティブにならず、安定的な電気の供給を脅かすことになる。

限界費用による価格構成の中で固定費はどう回収されるか

 このような市場の場合、固定費は各電源の短期限界費用と市場価格の差分によって回収される。つまり、図3に示した電源G1の場合は、緑の矢印で示した部分F1が固定費回収の原資となる。対して、G4の場合はF4の狭い範囲だけであるし、G5の場合は、この市場の状態においては、固定費の回収が出来ない。つまり、G4やG5のような短期限界費用の高い電源、つまりピーク電源は固定費の回収が難しくなる。

(図3)

ピーク電源はスーパーピークに期待

 それでは、テキサス州のような市場において、G4やG5、あるいはG6のようなピーク電源は、どのように固定費を回収するのかというと、ピーク需要がさらに増えて図4のD3のような、スーパーピークと呼ばれるような状況になった時である。この場合、利用可能な電源であるG1からG6を使いきっても、供給力が不足している状況であるので、お金を払って一部の産業用需要家等への電力の供給を遮断している。今はやりの言葉を使うと、「ネガワットの購入」である。

(図4)

 ネガワットの購入価格は、電気を受電して生産設備を動かすよりも、生産設備を止めて得る収入の方が利益になる水準であるので、相当に高いものになる。この高いネガワット価格が、市場価格になる、つまり、G1からG6にも同じ価格、即ち自身の短期限界費用よりもはるかに高い価格P3が支払われるので、その価格と短期限界費用の差分で固定費が回収できるとされる。ネガワットに無限に対価を払うわけにはいかないので、上限価格は設定されるが、テキサス州では3米ドル/kWh、先日紹介したオーストラリアでは12豪ドル/kWhであり、普段の電力価格の数十~数百倍の水準である。

実際は固定費は回収できていない

 それでは、実際に電源は固定費が回収できているのか。冒頭紹介したレポート(” ERCOT Investment Incentives and Resource Adequacy”)でテキサス州の状況を分析しているので紹介する。まず、図5は、過去5年間のERCOTの電力市場における電源の採算性を示している。グラフが二つ並んでいるが、左はガスコンバインドサイクル(GTCC)、右がシングルサイクルのガスタービンのものである。

(図5)
(出所)The Brattle Group,”ERCOT Investment Incentives and Resource Adequacy”

 青及び水色の棒グラフは、各年において電源が電力市場及びアンシラリーサービス市場から得られたと推定される利益(Energy Margin)を示している。つまり、青い棒グラフは、図1~3で説明した、電力市場価格と電源の短期限界費用の差分を1年分加算したものになる。対して、赤い折れ線グラフは、電源維持に必要な固定費の額を示している(CONE=Cost of New Entry)。この額が回収できる見通しがないと、電源新設のインセンティブは起こらないわけであるが、過去5年間の大半の年で回収ができていないことがわかる。2011年についてはGTCC、シングルサイクルのガスタービンとも回収ができているが、この年は冬には記録的寒波、夏にも記録的熱波に襲われた特別な年である。こうした異常気象の年でなければコストが回収できないのでは、電源の建設が進む筈はない。

 さらに図6は、シングルサイクルのガスタービンを対象に、予備率と電源の採算性の関係を示している。過去15年の電力需給と市場価格の実績を基に、系統の予備率を変化させた場合に、電源が得る利益の変化をシミュレーションしたものである。予備率が高い、つまり電力需給に余裕があると電力価格は安くなるので、利益は減少する。したがって、グラフは右肩下がりになる。水色の折れ線は過去15年各年におけるシミュレーション結果であり、各年の気象状況によってグラフの形状は変化する。濃い青色の折れ線が15年の平均を示している。

(図6)
(出所)The Brattle Group,”ERCOT Investment Incentives and Resource Adequacy”

 水平な赤線はシングルサイクルガスタービンの固定費を示している。濃い青色の折れ線と赤線が予備率6%のところで交わっているのは、予備率が6%以下であれば、電源を建設すれば採算が取れる可能性があることを示している。しかし、この水準は適正とされる予備率(15.25%(注))を大きく下回っている。逆に、予備率が15.25%の場合、ピーク電源のガスタービンが市場から得られる利益では、固定費の半分も回収できない。つまり、図6は、現在の市場の仕組みでは、適正な予備率を維持することができないことを示している。テキサス州では、まさにこのシミュレーション通りのことが起こったわけである。
 (注)ERCOTが定める適正予備率は、図1に記載されたとおり公式には13.75%であるが、The Brattle Groupは、2011年の異常気象を織り込むと、15.25%が必要と独自に試算している。

スーパーピーク価格引き上げの効果は疑問

 このような状況に対応するため、ERCOTは今年8月から、スーパーピークにおけるネガワットの購入価格の上限を、従来の3米ドル/kWhから4.5米ドル/kWhに引き上げている。これにより、既存のピーク電源の採算性はある程度改善するだろうが、新たな電源投資を呼び込むことまでは期待できないであろう。理屈から言えば、この上限価格は高ければ高いほど電源の採算性は改善する。例えば、オーストラリアのように日本円で1,000円/kWh近い上限価格を設定すると、ガスタービンの固定費はざっと年間1万円程度であるので、年間10時間程度スーパーピークが発生すれば、固定費は回収できることになる。しかし、スーパーピークがどれだけ発生するかは予測できない。実際、冷夏になってしまってスーパーピークが全く発生せず、その年は固定費の回収が全く出来ないということもあり得る。こうした市場環境は、電源投資を行うにはまだリスクが大きく、スーパーピーク価格を引き上げるだけで、電力需給の持続的な安定を期待することは難しいだろう。

kWhの市場だけでなくkWの市場も必要

 対して、米国東部のISO(独立系統運用者)であるPJMでは、系統全体で確保すべき予備率を予め定め、電力小売事業者に対して、当該予備率を確保できる、即ち「自らの需要規模×(1+所定の予備率)」に相当する供給力を、事前に確保する義務を課している(供給力確保義務、他のISOでも類似の制度がある)。小売事業者は①自ら電源を保有する、②発電事業者と相対契約を結ぶ、③PJMが運営する発電設備容量市場で調達する、のいずれかの方法で、供給力の所要量を確保する。テキサスの市場では、電源は稼働して発電、つまり電力量(kWh)を産み出さなければ、収入は得られない。したがって、電源は短期限界費用による売り入札をして、とにかく電源の稼働を確保しようとする。その結果、一年の大半の時間帯で、市場の価格はピーク電源にとっては固定費が回収できない水準となってしまい、長期的に適正な予備率を維持することが出来ない。PJMの場合は、供給力確保義務が存在することで、小売事業者は、電源が発電した電力量(kWh)だけでなく、発電設備容量(kW)に対しても対価を支払う必要がある。つまり、kWhの市場だけでは回収しきれない固定費の回収をkWの市場で確保し、適正な予備率を維持しようというものである。

 テキサス州は、米国でカリフォルニア電力危機以降に自由化に踏み切った数少ない州のひとつであるが、供給力に余裕があり、カリフォルニアのようにはならないとされていた。しかし、単純なkWhの市場だけを導入したために、新設電源の採算確保が難しく、規制時代の遺産である余剰設備を食いつぶしてしまった。同じようなことは欧州の幾つかの国でも起こっており、PJMと同様の「kWの市場」の導入が検討されている。テキサス州でも同様の仕組みが検討されていくのではないか。
 日本でも、先日経済産業省が公表した「電力システム改革の基本方針」の中で、「容量(kW)の売買を行う容量市場」が検討課題としてあげられている。完全ではないにしろ、適正な予備力確保の一助に期待できる仕組みであるので、前向きに検討されることを望みたい。

kWの市場の設計も簡単ではない

 もっとも、kWの市場の設計もそれほど簡単ではない。この市場もシンプルなオークション市場としてしまうと、系統全体の予備率が義務量を超えた、つまり、設備余剰となった途端に価格が一気に下がる不安定な市場になってしまう。PJMでも様々な試行錯誤の結果、kWの価格は、実質的に市場でなくPJMが一元的に決めてしまっているのが実態であり、規制色がかなり強いものになっている。また、一部には、電気料金の上昇要因になっているとの批判もある。さらにPJMでは、供給力確保の義務量を3年先まで定めているが、日本のように電源建設のリードタイムの長い国にはこれでは不十分かもしれない。日本における検討にあたっては、こうした実情や課題に留意する必要があるし、英国、ドイツなどで進行している同様の検討をフォローしていくことも有益であろう。

(参考文献)
The Brattle Group,”ERCOT Investment Incentives and Resource Adequacy”(2012年6月)
http://www.hks.harvard.edu/hepg/Papers/2012/Brattle%20ERCOT%20Resource%20Adequacy%20Review%20-%202012-06-01.pdf

経済産業省,電力システム改革の基本方針(2012年7月)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_001_00.pdf
 ※ P16で「容量(kW)の売買を行う容量市場」に言及

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