オーストラリアの電力市場から、価格メカニズムを考える


Policy study group for electric power industry reform

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先物価格が発電所建設の指標となる

 冒頭述べたとおり、オーストラリアの電源構成は、石炭77%、天然ガス15%、水力5%である。石炭火力がベース電源、水力やガス火力がピーク電源であり、最近の新設電源は専らガス火力である。ガス火力の建設工期は概ね2年ほどである。
 ピーク電源としてのガス火力に対する投資判断は、理屈上は最大12ドル/kWhまで価格が高騰する電力プール市場からの収入を予測してなされるはずだが、実際はそれほど単純ではなく、先物契約の動向によって判断している。

 オーストラリアの先物取引は、合意した価格を基準に相互に精算しあう「双方向CFD」(※CFD:Contracts for Differences、差額精算契約)と、一定価格を超過した場合に、一方の事業者が超過額を支払う「一方向CFD」が存在する。ガス火力のようなピーク電源で適用されるのは、「一方向CFD」(通称、キャップ契約と呼ばれている)である。
 繰り返しになるが、オーストラリアの電力プール価格は、通常は3~4セント/kWhであるが、最高12ドル/kWhまで上昇する可能性がある。他方、ピーク電源保有者は、自社の相対契約のポジションを踏まえて、小売事業者と30セント/kWh程度の水準で「一方向CFD」を契約する。これは、通常時の価格の10倍の水準である。小売事業者(一方向CFDの買い手)は、契約締結時に売り手に対し保険料を支払う。この契約に基づき、プール価格が30セント/kWhを超えた場合、超えた分を売り手が買い手に支払うのである。これにより、小売事業者は、契約した量について、どんなに高くても30セント/kWh以上の支払いを回避することが可能になる。この場合、ピーク事業者はどのような行動をとるかというと、一言で言えば、プール価格が30セント/ kWhを超えないように行動する。つまり、価格が30セント/kWhを超えると予測した時点で、発電機を稼動させ、プール価格を抑制する。これにより、保険料の支払いを回避できるとともに、通常の10倍近い30セント/kWh近くに達している電力プール価格で発電した電気を売ることもできる。

 オーストラリアでは、この先物価格が、ベース電源の石炭火力に関しても、ピーク電源のガス火力に関しても、投資判断の指標となっている。なお、双方向CFDを締結している割合は、事業者によって異なるものの、多い事業者で100%近く、少ない事業者でも70~80%近くとなっており、事業者のポジションで純粋にスポット市場に晒されているのは、少ないのが実情である。

電源建設を促す力は本当にないのか

 計画されている新規電源は、再生可能エネルギー証書制度(小売事業者に一定割合、再生可能エネルギー電源からの調達を義務づける制度)を背景とした風力がほとんどで、次いでガス火力、小水力である。ベース電源である石炭火力の新設は、2007年運開を最後に無い。これには、2004~2005年頃から地球温暖化問題に関する議論が高まりを見せたことも影響している。加えて、本年(2012年)からは、炭素税が導入され、排出係数が一定基準を超える発電所を2020年までに閉鎖する決定を行った事業者に対する補償制度も設けられた。今後、石炭火力は、新増設どころか、現状維持も困難であろう。
 オーストラリアの電力需要は、向こう10年で年平均2.2%の伸びが予測されている(注1)が、それに対応する供給力の増強は、上記のような状況であり、十分ではない。そのため、2~3年後にはニューサウスウェールズ州を除く各州で、適正予備率を割り込む状況が予測されている。これが、かつてIEAが「市場原理に忠実であり、適切な設備投資が誘引される」と評価していたオーストラリアモデルの近況なのだ。設備産業である電気事業において、大きく変動する市場価格に基づいて設備形成を進めていくのは、IEAが想定しているほど簡単なことではない。

(注1)“Electricity Statement of Opportunities (AEMO,2011/8/30)”

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