「エネルギー・環境に関する選択肢」は何を国民に問いかけているのだろうか?


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

印刷用ページ

 「エネルギー・環境に関する選択肢」についての国民的議論が始まっています。今のところ、どの選択肢を選ぶかということや、意見聴取会への参加者の所属の問題などに関心が集まっていますが、「エネルギー・環境に関する選択肢」には、選択肢自体の妥当性や選択肢という手法を用いたことによる、以下のような問題があるように思います。

 その第一は、選択肢の前提として用いている2030年までの経済成長率についての問題です。政府が「日本再生の基本戦略」(2011年12月閣議決定)で掲げた実質2%成長目標ではなく、何故か「慎重シナリオ」という低い成長率(2010年代実質1.1%、2020年代実質0.8%)を用いています。所期の成長を確実なものとするために、エネルギー・環境政策を立案する際にはむしろ高めの経済成長率を前提とすべきと思うのですが。
 ちなみに「慎重シナリオ」とは、「税と社会保障の一体改革」の検討の際に、経済成長率が目標を下回った場合でも政策目標が達成できることを確認するための“安全サイド”のシナリオでした。しかし、選択肢毎の経済影響分析の結果を見ると、どの選択肢でも経済成長への影響はマイナスで、成長率は「慎重シナリオ」よりも下回ることになります。「税と社会保障の一体改革」への影響はどうなるのでしょうか。

 第二は、省エネルギーに関する前提です。GDPが2030年までに約2割増加する中で、どの選択肢においても電力消費量を1割、エネルギー消費量では2割減らすという前提がおかれています。その具体的対策として、新車販売の7割を次世代自動車とする、新築住宅の全てを省エネ規準適合住宅とする、中心市街地へのガソリン車の乗り入れを制限することなどが挙げられていますが、これらの経済的、社会的フィージビリティは検証されているのでしょうか。
 再生可能エネルギーについても、同様の問題があります。例えば、太陽エネルギーの利用拡大策については、現在設置可能な住宅の屋根のほぼ全てに太陽光発電パネルを設置するとされています。「ゼロシナリオ」にいたっては、堅牢度に劣る住宅は、建て替えしてまでして太陽光発電パネルを設置することが仮定されています。そんなことが可能なのでしょうか。また、固定価格買取制度や補助金によってインセンティブを用意したとしても、初期投資だけで約150~200万円も要する投資を、そうした家を持つ全ての国民に期待することは妥当なのでしょうか。
 CO2の排出削減のための具体的な対策内容の案も、選択肢の中に全て隠れてしまっています。これまでの中央環境審議会などでの議論では、(新たな)環境税の導入、排出量取引制度の創設などが挙げられていました。こういった賛否両論がある対策が、選択肢の数字の裏に隠れた形で含まれていることは問題です。

 選択肢という手法に起因する問題もあります。意見表明の仕方によっては、自分の行った「選択」が予期せぬ将来を選択したことになりかねません。例えば、原発の依存度に着目して「15シナリオ」を選択すると、あたかもCO2排出削減目標(2020年▲9%、2030年▲23%(ともに90年比))も併せて選択したようになってしまいます。原発依存度は徐々に減らしていこう、そしてCO2の排出削減も経済に悪影響を及ぼさない範囲で進めよう、といった考えは排除されてしまうのです。
 特にCO2の排出削減目標は、今後の日本の国内事情によって変更しうる原発依存度や再生可能エネルギー比率などの目標と異なり、国際公約として、今後、日本をずっと縛っていくものになることから、十分な注意が必要です。

 そういった選択肢自体の問題がある上に、国民に対してどのような意見を求めているのかも、実は、明確ではありません。選択肢からの選択を求めている訳でもないようなのです。本文にはこう書いてあります:「これらの3つのシナリオの比較検証を通じて、どのエネルギーをどう組み合わせながら原子力の穴を埋め、どの程度の時間をかけてその依存度を下げていくのか、地球温暖化対策の要請に対して、再生可能エネルギー、省エネルギー、化石燃料のクリーン化といった対策を、どのくらいの時間とコストをかけて進めていくのか、問いかけたい」と。国民に求めている意見に係るこの曖昧さは、意見の取り扱いの際に混乱を生じさせる可能性があります。例えば、選択肢からの回答と選択肢に依らない回答とを、どのような重み付けをして扱うのでしょうか。
 選択肢を用意することにより、意見を聴く内容をできるだけ単純化したいという事務局の苦労は分からないでもありませんが、今回の意見募集の方法にはこうした問題とリスクがあります。

 「エネルギー・環境に関する選択肢」で提起されている問いの設定や内容についての問題点を十分に承知した上で、国民は意見を述べ、意見を受け取った国のほうも、提出された意見についての適切な取扱いと解釈、理解をすることが必要と思います。

記事全文(PDF)