余りにも非常識な原発比率の選択肢案の評価

自然エネルギーの利用を原発廃止のための条件とすべきでない


東京工業大学名誉教授

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 付表の数値がどのようにして算出されたものかは明らかにされていないが、この表が、原発比率が大きいほど家庭電気代が安くなり、多分、電気代の値上げが小さくなる分GDPの低下も小さくなり、「原発を廃止すると国民の生活が成り立たなくなる」とする野田首相の発言を裏付ける内容になっているとみてよさそうである。ところが、この付表には、家庭電気代、GDPの減少の他に、CO2排出削減比率の値も載っていて、結局は、原発電力代替の目的が、温室効果ガスCO2の排出削減効果にされてしまっている。すなわち、原発を減らすほど、自然エネルギーの推進のための「再生可能エネルギー全量固定価格買取(FIT)制度」の適用による家庭電気代が高くなるから、原発をより多く温存する方が国民の生活にとって有利になるようになっている。しかし、待って欲しい、これは、原発使用の目的を地球温暖化対策としての CO2排出削減効果としてきたためで、原発利用の目的を「国民の生活のためのエネルギー供給」とすれば、安価で豊富な石炭が利用できる。いまCO2の排出量は多くなるとして嫌われ者になっている石炭火力発電を利用すれば、電気代の値上げもなく、多分、GDP の減少も少なくなり、この付表に示した評価指標が一変する。すなわち、国民の経済的利益を優先すれば、原発代替として、自然エネルギーではなく石炭の利用が推奨されるべきことになる(文献1.参照)。いま、日本の経済は、自然エネルギーの利用に国民のお金を使う余裕はないはずである。また、より重要な問題として、地球温暖化は地球の問題であり、CO2を世界の3.7 %(2009年)しか排出していない日本が、僅かばかりのCO2排出量を削減するとして発電用に石炭の使用を制限しても地球を救うことはできないことを認識すべきである。世界中の発電量の約半分が石炭火力で賄われている。自然エネルギー利用の手本とされ、原発の廃止を決めたドイツでも電力の47.7 % は石炭で賄われている(2009 年、日本は、27.6 % )。経済産業省のお役人がつくったと考えられるこの付表の数値は、実は、他にも矛盾だらけであり、この付表に示された数値を原発比率の選択を行うための評価指標とする科学的な根拠は全くないと断じてよい。これが、澤が新しいエネルギー政策のなかで「石炭火力を再評価すべし」と主張する理由でもある(文献2.参照)。

 政府は、いま、この原発比率の選択に当たって、パブリックコメントを募集するとともに世論調査と討論会を組み合わせた「討論型世論調査」を経て、新たなエネルギー政策を決めるとしている。しかし、これは、単に、政府が予め決めた政策に市民の了解を取り付けるための儀式になっているとしか考えられない。先ず、パブリックコメントであるが、筆者は、先に、「バイオ燃料利用」と「再エネ法(FIT制度)」について真面目に対応して、これらの政策の問題点を指摘するとともに対案の提言まで行ったが、完全に無視された。また、公開討論会や世論調査と言っても、上記したような政府の政治の都合で作成されたデータ(付表の数値)に基づいた討論やアンケート調査がどのような意味を持つのであろうか? さらには、このような、科学技術の常識の通らない方式で、時の首相が「国民の生活にとって極めて大事」だと言う新たなエネルギー政策のなかの「原発比率の目標」を、8月末(2012年)までの2カ月間(政府原案の公表が6月28日から)で決めようとするのは、あまりにもずさんで拙速であると言うよりは、「科学技術の常識を無視した暴挙」ではなかろうか。

引用文献;
 1. 久保田 宏;「原発に依存しないエネルギー政策を創る」日刊工業新聞、2012
 2. 21世紀政策研究所;「エネルギー政策見直しに不可欠な視点」、2012年3月

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