電気事業は設備を作れば作るほど儲かるのか


Policy study group for electric power industry reform

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 昨年12月27日、枝野経済産業大臣が「電力システム改革タスクフォース論点整理」を公表した 。ここで提示された論点を踏まえて、政府の総合資源エネルギー調査会総合部会の下に「電力供給システム改革専門委員会」が設置され、数回の議論が既に行われている。議論が行われる背景は、「東日本大震災によって現在の電力供給システムの問題点が顕在化したため」とされている。

 大災害に起因して、現在の電力供給システムの下で様々な問題が発生したことはそのとおりであるが、問題が発生した原因が現在の電力供給システム自体にあるのかどうかは必ずしも自明ではない。電力の「生産工場」たる発電所の三分の一近くを失えば、どんな電力供給システムにも深刻な問題は生じる。東京電力は東日本大震災により太平洋沿い・東京湾岸の火力発電所や内陸の水力発電所等、合計2,100万kWの発電能力を失ったのである。海外では、これよりも小さな規模での発電能力喪失でも、計画停電が行われている例がある。

 勿論、今回の震災が残した教訓はあり、これを踏まえて電力システムの改革を行っていくことは重要であるが、エネルギー・電力は国の安全保障の根幹であることを忘れてはならない。今回の震災の結果、国の原子力政策は大きく揺らいでいる。日本の原子力政策はいわゆる「国策民営」で進められてきたが、実際には事故賠償などについて国の法的な責任が明確ではないことが今回明らかになった。今後の原子力の進め方について、官民のリスクや責任分担について一定の方向性を出すことなしに、電力供給システム改革の議論を進めても意味はない。その点、現在の政府における議論の進め方は原子力とその他の問題が一括して扱われておらず、問題の検討体制として不十分かつ不適切ではないかと思料する。

 当研究会では、電力システム改革を議論するにあたって、押さえるべきポイントを今後何回かに分けて整理してみたい。どこまで続くかは分からないが、とりあえず走りながら考えることにしたい。今回はまず、産業としての電気事業の性格を踏まえつつ。総括原価方式と供給責任の関係について解説する。

電気事業は設備を作れば作るほど儲かるのか

 東京電力の経営問題に絡み、設備を作れば作るほど儲かる仕組みとして批判を浴びた電気料金の「総括原価方式」だが、電力会社の儲け過ぎを防止して需要家を保護すること、また、電力会社の財務基盤を安定化させ資金調達コストを低廉化させるという所与の目的が忘れられてしまっている。この制度が取り入れられるに至った電気事業の特徴を下記に挙げる。

第1の特徴は、インフラの中のインフラであること。

 停電の影響が甚大であることは言うまでもないが、昨年夏の東北電力・東京電力エリアにおける電気事業法第27条による電気の使用制限で図らずも明らかになったことは、電気の使用を一部制限するだけであっても、国民生活や企業活動に与える影響は甚大であるということだ。停電は電気が止まることだけを意味しない。通信、鉄道、交通、上下水道など、他のインフラが十分機能するには、電気が安定的に供給されていなくてはならない。電力が他のインフラを支える「インフラ中のインフラ」であり、安定供給が最大の使命とされる所以である。

第2の特徴は、設備産業であること。

 電気は瞬時・瞬時の発電と消費を完全に一致させる必要があり、第1の特徴から発電設備の故障や、猛暑などによる消費の急増にも対応して電気を安定的に供給するため、予想最大需要を上回る発電と、一軒一軒の需要家に電気を届けるための送配電の膨大な設備を用意する必要がある。発電所はもちろん、送変電設備も含め、建設には数年、数十年という長い時間を要する。そして、一度できた設備は十年、数十年、長いものでは半世紀以上も保守・補修をしながら使い続けることとなり、典型的な設備産業となっている。長期的なファイナンスを得やすくすることが、電力事業には必須なのだ。

第3の特徴は、自然独占性があること。

 発電は、ベース需要には経済的な原子力や石炭火力、ピーク需要には素早く対応できる水力や石油火力、ミドル需要にはガス火力など、それぞれの特徴を活かした電源構成・運用を行うことが効率的・経済的であると考えられていた。加えて、予定外の電源トラブル、需要の急激な変動等に備えて、予備の供給力を一定程度確保することが、安定供給上必須である。発電については従来自然独占性があるとされていたが、最近ではそれについて疑問符がつけられ、電力自由化の議論が活発化してきた原因となった。

 また送配電は、複数の事業者がそれぞれ設備を建設・所有した場合、重複が生じることから、地域ごとに単一の事業者が担うことが経済合理的である。さらに1つの事業者が発電と送配電を担う場合、一体的な設備形成と運用が可能となり、効率性・経済性が向上すると考えられてきた。このように、送電事業には自然独占性があることについては、広くコンセンサスがある。

 この第3の特徴(自然独占性)から、電気事業には地域独占を認める一方で、供給者を選べない需要家保護のため、事業者に供給義務を課すと共に電気料金の適正を規制により担保してきた。電気料金の決定にあたっては、「原価主義の原則」、「公正報酬の原則」、「電気の使用者に対する公平の原則」が基本的な考え方となっている。この「原価主義の原則」と「公正報酬の原則」が「総括原価方式」への批判の対象だ。しかし、「かかる費用を全て料金原価に認める」のではなく、「あるべき適正な費用しか認めない」のであり、経営努力によって効率的な経営をおこなった状態での費用回収しか認めないことから、非効率な経営を行えば赤字になることもあるのである。

 また、第2の特徴(設備産業)から膨大な設備の建設・維持等にかかる資金を資本市場から円滑に調達するためには、一定の報酬は必要である。例えば、電力会社が株式を発行する場合、株主からみた投資に対する期待収益率が一定以上になっていなければ資金調達することができないし、社債を発行して資金調達する場合もその利息の支払いが必要である。つまり、設備を運転・維持して電力供給を行うために毎年かかる経費の他に、電力会社には資金調達のためのコストがかかるのである。こういった資本市場の期待収益を公正報酬として認めることで、電力会社の資金調達を円滑化し、供給責任を果たすのに最低限必要となる設備への投資が確実に行われるようにしているわけである。そうした視点からは、むしろ総括原価方式は一定の合理性を備えていると言える。世上、「報酬=儲け」と解釈されて批判の対象になっている公正報酬の原則だが、これは儲けではなく、上述の通り実際には資金調達コストと言う方が近い。報酬という呼び方が誤解を招く原因になっているのである。

 いずれにせよ、総括原価方式による電気料金決定は、市場の需給による決定と対極にある方式であり、電力事業者の誠実な経営情報の報告と規制当局の査定能力に依存することは指摘しておく必要がある。

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