氷の彫刻が投げかけるもの

~スイスがめざす“脱原発社会”の行方~


国際環境経済研究所主席研究員

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 レマン湖畔にある我が家の近くに、この冬、見事な氷の彫刻が登場した。写真は2月6日あたりの様子である。あまりに芸術的で観光客らしき人の往来が急増し、我が家の周辺は週末、交通渋滞で迷惑を受けた。

 欧州が厳冬になった今年、特に氷の彫刻が生まれた前後の2週間程度、朝方はマイナス二桁摂氏の日々が多く続いたが、3月に入ると逆に平均気温が11℃とプラス二桁摂氏が続いており、もはやスキー道具を片付けようかという陽気となった。


スイス・レマン湖畔に登場した氷の彫刻。2月初旬、朝方はマイナス10℃以下の厳しい冷え込みが続いたが・・・
 ちょうどその日の最高気温が10℃という暖かな春の陽気の3月7日、スイス連邦行政裁判所はスイス国内にあるミュールベルク原子力発電所について、十分なメンテナンス計画が策定されなければ、当初予定よりも前倒しで2013年前半までに閉鎖しなければならないと発表した。

 スイスの電力供給は、56%が水力、39%が原子力、残り5%が火力その他という構成となっている。しかし、日本の東日本大震災による原発事故を受けて、スイス連邦政府は昨年5月にエネルギー見直し計画を提示した。このなかで、①現在のエネルギーミックスを継続、②既存原発の通常稼働時期までは稼働させるがその後は閉鎖(リプレースしない)、③期限まで稼働させず早急に閉鎖――という3つのオプションを提示したうえで、取り得るべき案は②であると結論付けた。

 その後、政府案は9月に、連邦議会両院で承認された。その結果、スイスに存在する5基の原発のうち、一番早いもので2019年、その後、22年に2基、さらに29年に1基、そして34年を最後にすべて閉鎖することが決定した。

連邦行政裁判所の決定は行き過ぎ!?

 2011年のデータが確定するにはあと数カ月待つ必要があるが、2010年のデータによると、スイスのエネルギー消費は過去最高となった。主な理由は3つあり、①リーマンショック後の景気回復、②居住人口の増加(移民の増加であろうか)、③例年にない厳冬による暖房需要の急増のため――ということであった。

 スイスの新しいエネルギー需給見直しはこれから具体化されよう。政策としては、①エネルギー消費の抑制、②火力発電の増加(コジェネレーションとコンバインドサイクル)、③電力輸入の維持強化――などが現在のところ掲げられている。

 昨年5月に行われた世論調査では、原発閉鎖について8割が賛成しており、これは事故後に行われた日本での世論調査結果(7割)よりも高い数字であると報道されていた。とはいうものの、3月7日の連邦行政裁判所の決定については、さすがにメデイアの多くがギアを入れ過ぎではないかという論調で報じていた。

 スイスは冬場には、水量が逼迫し電力供給が厳しくなる。このため、隣接するフランスを中心にイタリアやドイツ、オーストリアから、電力グリッドによる電力輸入で賄っている。現地(ジュネーブ)の知人に、原子力閉鎖で電力供給に不安はないか聞いたが、「(普段から)輸入しているので大丈夫ではないか」との答えだった。

 その知人が、「過去、原子力政策については、例えば、チェルノブイリ後の1990年に国民投票で10年間の原発新設凍結等が決定されたように、レファレンダム(国民投票)が行われて来たが、今回は、まだレファレンダムが実施されていない。今後どうなるか分からないよ」と、何ら不安気のない様子で答えたのが印象的だった。氷の彫刻が融けてしまった今、人々の電力需給に対する心配も春の日和のように和らいでしまったようである。

スイス連邦政府環境・運輸・エネルギー・通信省ホームページ
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