発送電分離問題の再考②-1

英国事例に見るフェアの追求とその帰結


海外電力調査会調査部 上席研究員

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 発送電分離が目的とするところは公平(フェア)な市場の構築に他ならないが、英国の発送電分離は「フェアとは何か」という点で考えさせられる点が多い。今回は、発送電分離と電力自由化を最もドラスティックに実行した英国の事例に基づき、発送電分離とフェアについて考察する。

 PPS(特定規模電気事業者)や自家発電の電力は本当に安いのであろうか。1990年に発送電を分離して全面競争型に移行した英国では、自家発余剰の扱いをめぐって大きな論争が巻き起こった。争点は、自家発は「余剰だけを売ればいいのか」それとも「全量を市場に出して必要分を買い戻すのか」という点である。

 この違いは、自家消費分についても系統安定化サービス費用を支払うべきかどうかというものである。規制側は、「系統に接続することで、自家消費分も系統安定化サービスを享受できるわけであるから、自家消費分についてもその対価を支払うべきである」として後者を主張した。自家発が享受する便益を一般消費者が負担するのは不公平であるという理屈である。結局、自家消費分については半額を支払うことで妥協を見たものの、この論争は、自家発の発電コストという概念に一石を投じることとなった。

 これ以外にも、公平性を期すためには、送電線使用料に、接続することによって生ずる基幹送電系統の増強費用やロス率を地点別(もしくは母線単位別)に正確に反映させることが必要となる。都市近郊の価値ある電源と遠隔地電源を同じに扱っていては不公平ということである。都市近郊電源は、送電線の増強コストが不要なばかりではなく、系統全体のロスを低減させるなど大きなメリットをもっている。英国ではこの論理の下、需要地から離れている北部電源の送電線使用料は非常に高く、逆にロンドン近郊電源の使用料はネガティブ価格(負の価格)に設定している。

 日本では、PPSや自家発余剰等の公平な扱いの観点から、発送電の分離を求める声が多くなっているが、これが意味することは、「コストを原因者に正確に配分し、電力会社と新規参入者を同等の立場に置くこと」にほかならない。英国における発送電分離は、市場の活性化という点で参考にされるケースが多いが、政府や電力・ガス規制機関(OFGEM)の競争政策の下、「徹底したフェアの追求」を伴っていることを忘れてはならない。

電力自由化で英国は系統接続をどのように考えたか?

 英国では、1990年に国有電気事業者を分割するとともに、世界でも例を見ない電力自由化に踏み切った。「国有事業者の分割と民営化」「送電部門の資本分離」「卸電力市場(プール制)の導入」「発電の全面自由化」「小売の段階的自由化」を実施した。そして、2001年には卸電力市場の全面改革(相対取引制への移行)、2002年には配電部門の法的分離や料金規制の撤廃に踏み切っている。

 当初の計画(1989年電気法案の策定段階)では、自由化は限定したものとして捉えられていたが、この「限定」が、英国が目指す競争市場構築の障害となり、制度設計に行き詰ったという経緯がある。一方、自由化後も制度の矛盾について、不利な立場の側の事業者から多くの訴えが出されている。英国の電気事業制度は、このようなプロセスのなかで非合理性が可能な限り排除されたため、非常に論理的であり、電気事業制度を論議する上で参考になる点は多い。

 日本では、風力の接続が“くじ引き制”になっているなど、系統接続に対する不満が発送電分離を求める要因の一つになっている。英国における接続は、大規模電源を含め、申し込み順を基本としている。しかし、基幹系統の増強に時間を要しており、地域によっては、接続までに7~8年待たされるケースもある。制度はフェアだが、日本と同様、物理的な系統容量不足には対応できない。この対策として、英国では「コネクト・アンド・マネージ」という方法が導入されている。短く言えば、運転の抑制を前提とした早期接続である。

 ここで問題となるのが、「どの電源を抑制するのか」という点である。接続がフェアであれば、当然、抑制電源の選択もフェアとすべきであり、特定の事業者に運転の抑制やしわとり(需給調整)を義務付けるのは合理的ではない。ここで必然的に、「需給調整市場」という概念が生まれたのである。

需給調整は市場に委ねる

 英国では、需給調整用電力は、系統運用者が相対取引や需給調整市場での取引において、サービスの提供を希望するすべての事業者や需要家から競争入札で調達する。特定の事業者にラストリゾートを義務付けることはない。SOであるナショナルグリッド社の担当者は、「英国の市場では、どの事業者も、十分な電源を確保するという意味での供給責任は負わない。我々は、入札された供給力の範囲で系統運用を行うだけである。電源が足りなくなれば価格が高騰する、それでも足りなければ停電するだけである」と淡々と語る。

 これが意味するのは、発送電を分離して競争を導入するのであれば、「市場が機能するよう設計し、あとは市場に委ねなければならない」ということである。ここに非対称規制が入ると、制度のすべてに歪や矛盾が生ずることになる。

合理性を追求した英国のインバランス決済制度

 この需給調整と関係が深いのがインバランス決済である。この制度設計の考え方には、競争とはいかにあるべきかについて考えさせられる点が多い。

 インバランス決済とは、各事業者の契約量と計量値の差分を決済する制度であり、一般的にその価格は、当該時間帯において系統運用者が需給調整に要した費用をベースに算定することが望ましいとされる。ところが、ある発電事業者が100の過剰発電、別の発電事業者が100の過少発電を行ったとすると、それぞれが大きなインバランスを発生させているにもかかわらず、それぞれが打ち消しあうために、系統運用者には需給バランスの維持に係る費用が発生しない。

 一方、ある発電事業者が非常に不安定な発電を行い系統運用者に多大な費用が発生したとしても、当該時間内の運用で帳尻を合わせればその事業者のインバランス量はゼロになり、コストの回収ができなくなるという不合理性が生じる。また、同じインバランスでも、結果的に系統の需給バランスを改善するインバランスもあれば、悪化させるインバランスもあり、これらに同じ価格を適用するのも合理的ではない。

 このような問題への対処方法として、日本のように平均費用に基づいてインバランス価格を固定(料金表制)する方法も考えられるが、競争市場ではこれが市場を歪める要因となる。インバランス決済も電力調達手段の一つとなり、スポット価格がインバランス価格を超えると想定される場合には、多くの事業者が全量をインバランス決済する行動に出るからである。そうなるとスポット価格がインバランス価格で頭打ちとなり、「電力が足りない」というシグナルを市場に発しなくなるのである。

 さらに、系統運用者が需給調整用として調達した電力は、同時に、すべての系統利用者の利益となるシステムバランス用(電圧調整や周波数調整)としての役目を果たすことも多く、両者のコストを正確に区分しないと不公平という問題も生ずる。

 制度の内容は本稿では割愛するが、英国のインバランス決済制度は、このような問題意識の下に策定されている。市場化するためには、それに係るあらゆる制度について市場を歪めないように策定されなければならないのである。

究極の目標は「電力の一般商品化」

 発送電の分離に当たっては、供給義務についても再構築する必要がある。発送電一貫体制における供給義務は、「供給力の確保義務」、「接続義務」、「供給義務」を一体化したものである。発送電分離体制の下では、それぞれの分野でこれらの義務のありかたを考えなければならない。

 「供給力の確保義務」については、「すべての事業者に課すのか」、「いずれの事業者にも課さないのか」という選択を迫られることになろう。「電力会社に課せばなんとかなる」では、市場化の意味はなさなくなる。英国では市場メカニズムを通じて確保されることが前提となるため、いかなる事業者にも課していない。

 一方、「接続義務」については、英国ではネットワーク事業者に非差別的に課している。これにより、自由化の弊害として指摘される僻地の需要家の利益が損なわれるという問題は解消される。小売事業者の業務は物理的な供給ではなくなり、僻地の需要家も都市部の需要家も同等の客となるからである。非差別的な接続は、僻地需要家の配電コストを都市部の需要家が補助する形となるが、これを不公平と見るかどうかは国民の判断に委ねられるところである。英国では僻地需要家の配電コストを補助するため、送電料金を通じて浅く広く全国民から徴収する方法を採用している。唯一、社会主義的な制度であるが、弱者の保護という観点から、これを是としている。

 小売事業者の供給義務は「需要家との契約義務」ということになる。英国では、家庭用市場に参入した全ての小売事業者に対して、「料金表の公表義務」と「選択された場合の拒否の禁止」という形で義務を課している。すべての事業者が全国区であるため、特定の事業者に課すということはない。このため、最終保障事業者という考え方もない。英国で「ラストリゾートサービス」と言う場合、倒産の際にその事業者の需要家ベースを引き継ぐ制度をいう。

 一方、家庭用以外の需要家に対しては供給義務を課していない。小売事業者は、需要家からの見積依頼に対して条件を任意で提示するだけである。このようななかで、特にリーマンショック以降、銀行の「貸しはがし」と同様、企業の信用力の低下に伴って供給契約を更新できない需要家の増大が一部社会問題化している。リスクの高い企業が電力の供給を受けるためには、「前払い」「担保の設定」「信用保証会社による保証」などの措置が必要となる。これに対する規制側の介入はない。自由化市場では、需要家も信用度に応じてコストを払わなければフェアではないということなのであろう。

 このように、発送電を分離して制度の矛盾を排除してゆくと、最後には「電力の一般商品化」に至る。英国では、これを究極の目的としている。

 「私の任務は、私を不要にすることである」

 これは、1989年に電力市場の規制者として任命されたリトルチャイルド氏が述べた有名な言葉である。

(後編に続く)

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