宮井真千子・電子情報技術産業協会環境委員会委員長に聞く[前編]

震災を乗り越え、最先端の環境技術で世界をリードしていく


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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 一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、電子機器や電子部品の健全な生産、貿易および消費の推進を図ることにより、電子情報技術産業の総合的な発展に貢献し、デジタル・ネットワーク時代を切り拓いていくことを使命としている。東日本大震災後の業界の対応や今後の事業展開などについて、JEITAの環境委員会委員長を務めるパナソニックの宮井真千子役員・環境本部長兼節電本部長に聞いた(インタビューは2011年9月27日に実施)。

震災で明らかになったサプライチェーンの調達リスク

――東日本大震災、そして福島での原発事故により、業界にはどのような影響がありましたか。

宮井真千子氏(以下敬称略):JEITAの会員企業の中にも被災工場がたくさんありました。特に、東北地方には素材産業やデバイス系の工場がたくさんありますので、組立工場の被災ともあわせてサプライチェーン全体が被災したために事業活動に大きな影響が出たというのが実情です。ただ、それぞれの会社がいろいろな努力を重ねた結果、当初の想定以上に早く復旧して元の姿に戻っていったように思います。

――震災直後は、工場が稼働停止しただけでなく、部品の調達ができず大混乱したようですね。

宮井:素材産業が被災していますので、まずモノが入ってこない。もちろん当初は、工場が被災しているので動かない。工場が動くようになってもなかなかモノが入ってこないという状況でしたので、市場の要求に応えられないケースがたくさんありました。国内だけではなく、海外に製品を供給している素材産業、部品産業も多いので、グローバルに影響が出ました。

 今回、日本にこんなに素材産業があったのだと改めて気づかされたような状況だと思います。日本が与える影響は非常に大きかったと感じています。

――部品一つなくても製品を組み立てることができないと私達国民も改めて認識しました。

宮井:電機・電子業界もしかり、また自動車業界も同様な状況でしたので、国民のみなさまも気づかれたということでしょう。そのときに明らかになってきたのがサプライチェーンでの調達リスクです。

――サプライチェーンでの調達リスクを乗り越えるための検討はされていますか。

宮井:もちろん個々の会社で検討に入っていると思いますし、パナソニックでも適切な対応をしなければいけないと動き始めています。サプライチェーンの上流側に行くと結局は同じ事業者に行きつくこともあり、調達の経路は複雑なうえに樽型のようになっています。そういった現状が徐々に「見える化」されていくなかで、もう少しリスクを分散するなり、調達構造をシンプルにするなり、そうした方向での取り組みが始まっています。

――業界のサプライチェーンは、おおよそ復旧したと言ってもよいのでしょうか。

宮井:電機・電子業界はすそ野が広いので全部がそうだと一概には申し上げられませんが、パナソニックではほぼ元に戻ってきています。

――もともと、パナソニックは西の拠点が多いですね。

宮井:工場もそれ以外の拠点も西日本に多いので、今回の東日本大震災の影響は他の会社に比べると少なかったかもしれません。ただ逆に電力の問題では、関西電力の供給エリア内に工場が多いため、これから切実なものがあるのではと危惧しています。

宮井真千子(みやい・まちこ)氏。1983年に松下電器産業(現在のパナソニック)に入社。くらし研究所所長、クッキング機器ビジネスユニット長などを経て、2011年4月に役員・環境本部本部長に就任、同7月からは節電本部本部長を兼務。一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)では環境委員会委員長を務める

現場に組み込まれた省エネのDNAで、節電要請にも対応

――2011年夏の節電要請に、パナソニックはどう対応されましたか。

宮井:2011年の夏は、電気事業法第27条に基づく電力の使用制限が実施されましたが、しっかり守ることができたと思います。パナソニックは2007年に行った「エコアイディア宣言」で、事業が成長しても二酸化炭素(CO2)を減らしますという大胆な宣言をしました。その頃から、各拠点で省エネの取り組みを徹底して行ってきていますので、現場には、省エネに対するDNAが組み込まれています。

 逆に、すでにどんどん消費電力量を下げてきていますので前年のピークよりさらに下げるというのはかなり厳しい目標でしたが、一部稼働日の曜日変更や時間変更等も実施して、結果的にはさらに削減できました。関西電力管内でもご協力できたと思っています。

――この冬の節電対策はどうされていますか。

宮井:この冬については現在検討しているところです。政府は夏と同じような規制はかけないとしていますが、引き続き、パナソニックとしては省エネを続けていく方向で検討しています。

 夏は、電力ピークを午後1時から5時の間と予測し、そのピークをいかに下げるかが重要でした。冬のピークは出方が違い、二こぶラクダのような形をしています。朝の操業開始の頃と夕方にピークを予測し、それをどう抑えていくのかが課題になります。そのため、夏場とは違う施策が必要になるだろうとの想定で具体策を検討しています。

ガバナンスされた適切な情報の発信と受信が重要に

――東日本大震災とそれに続く原発事故では、リスクをいかに国民に伝えるかが問われました。どのようにお考えですか。

宮井:情報コミュニケーションは非常に重要だと思います。業界の代表としてのコメントは差し控えたいと思いますが、パナソニックとしては、常に適切な情報を発信し受信していないと事業活動に支障が出るという懸念があります。

 ビジネスをしていると、もちろん、ほかの局面でもそうですが、信頼関係の構築が重要なポイントになります。社会に対してもそうですし、国際的にもそうです。日本と諸外国との関係においてもそうです。結局、信頼のベースになるのが情報コミュニケーションであると思いますので、適切なタイミングで適切な情報を発信していくことが非常に重要だと考えています。

――製品を輸出する際に、放射能の問題などで風評被害と思われることはありましたか。

宮井:パナソニックの事業においては、風評被害の影響は少し出たかもしれません。ただ、日本の品質に対する信頼はもともと高いものがありますので、しっかりと検査体制などを整えていけばそれは解消されるし、事実、解消されてきたと思います。当初は、やはり混乱はしました。

 しっかりと検査をしてお届けすれば、当然、信頼は回復するということです。特に最初のコミュニケーションが重要だと思います。そこが適切でなければどんどん効率が悪くなってしまいます。後手に回れば、回復していくために非常にパワーも時間もかかるので、初動が大事だと思います。

――震災直後、社内外の連絡体制はどうでしたか。

宮井:社会的に通信が十分でないのは共通の事態だったと思います。パナソニックでは、事業活動についてはサプライチェーンがオンラインで結ばれていますので、情報が途絶えて、何週間も入ってこないということはなかったように思います。

 販売側の拠点については震災が起こって2、3日の内には被災状況がわかりましたし、現場に営業を担当する社員が入って復興に努めたため、復旧は早かったようです。パナソニックには系列の販売店である「パナショップ」がありますので、被災された「パナショップ」に本当にすぐに飛んでいき、一緒になって対応にあたりました。

――それは心強かったでしょうね。迅速に現場に駆けつけることが大事かと思います。

宮井:そういう点ではパナソニックの動きは素早かったと思います。全社的にも、災害が起こった翌日には、本社構内に「全社緊急対策本部」を置き、そこにすべての情報が集約されるようにしました。毎日、日々の状況をアップデートして状況を伝えていき、社長の指示の下に全部動かしていきました。

――緊急事態においては、何よりも情報を知りたい。命令系統も重要です。

宮井:そうです、きちっとガバナンスがされているということです。阪神淡路大震災では関西圏が大きく被災しました。その時の経験や教訓がずいぶんと生かされています。

「パナソニックでは震災の翌日には全社緊急対策本部を置き情報を集約した」と話す宮井氏

短期的な電力需給が企業にとっては切実な問題

――今後の電力需給について、業界として、パナソニックとしてどのようにお考えですか。

宮井:震災以降、我々の事業活動に大きく影響を与えているのは電力問題です。JEITAの会員企業では、必要なエネルギーの約8割を電力に頼っていますので、電力問題は非常に大きな影響があると思います。電力の安定供給とコストの2点が重要な課題です。

 パナソニックも、まったく状況は同じです。グローバルに比較すると、もともと日本は電力料金が高いというハンデを負ってきました。原発の再稼動が認められなければさらに30%以上電力料金が上がるという試算もあるのですから、まさに利益が直撃されるわけです。大変な問題だと思います。

――政府が今後のエネルギー政策の見直しをしていますが、企業としては、1年から2、3年、5年以内といった短期から中期の電力需給が気になるところではないでしょうか。

宮井:エネルギー問題は、もちろん短期的と中長期的な内容があり、国策としては中長期的な政策が重要なのは言うまでもないでしょうが、一方で企業がおかれている立場としては、来年どうなるのかという点も切実な問題だと思います。

 東日本大震災までは、原子力のウエートを50%にまで上げるというエネルギー政策を進めて来られましたが、今やそうではなくて、いろいろなエネルギーのベストミックスを考慮し、再生可能エネルギーも含めた適切な形を実現していかなければならないというのが大きな流れでしょう。そのなかで製造業として我々が政府に要望するとすれば、まずは短期的な部分での安定供給をどう保障して戴けるのかということです。

――ベース電源をしっかり確保してほしいということですね。

宮井:再生可能エネルギーにすぐに置き換えても、量もそうですし、まだまだ安定供給は図れませんので、その点を踏まえたうえで3年から5年後の姿をどのように描くのかということです。野田政権になって原発を直ちに全部停止するという極端な話はなくなったようですが、将来をきちんと見据えたうえでの短期の政策が極めて重要になると思います。

 来年以降、電気代が30パーセントも上がるとなると日本での生産は難しくなってきます。

厳しい事業環境でも日本より海外という短絡的な思考はしない

――空洞化が進むと言われていますが、どのようにお考えですか。

宮井:電力の安定供給もそうですが、それに加えて昨今の異常な円高、また関税の問題などが総合して影響するため、日本で生産活動を維持するのが非常に難しい状態になっています。だから、空洞化が叫ばれているのです。

 この問題は簡単に回答できるものではありませんが、パナソニックは、このような状態になったからといって、日本より海外という短絡的な思考は持っていません。当社には、さまざまな事業がありますので、個々の事業環境によって何を日本に残して何を海外に持っていくのかをしっかり考え、適切な方策をとっていきます。

 調達機能を2012年度にアジアにシフトする旨を発表しましたが、これはあくまでもグローバルに闘っていくなかで必要であるため移したということであり、今後はこのような判断が重要視されていくでしょう。

(後編に続く)

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