東日本大震災が浮かび上がらせた電力インフラの弱点


国際環境経済研究所主席研究員

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 東日本大震災は太平洋岸の地域を破壊して重大な被害をもたらし、半年以上たった今でも時折、強い余震が続いている。仙台市生まれの筆者は変わり果てた故郷の姿にしばらく言葉が出なかった。亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、被災者の皆さんが1日も早く普通の生活に戻られることをお祈りする。

 製紙業界も、太平洋岸に位置するすべての工場が被害を受けた。9月時点で、岩沼市(宮城県)以南の工場は復旧し生産再開を果たしているが、仙台以北は仙台湾岸を中心に津波による被害がきわめて大きく、被災者の捜索から始まり、瓦礫の片付けや機器の清掃復旧作業が延々と続き、立ち上がりに時間がかかっている。

 各社の発表によれば、三菱製紙八戸工場(青森県八戸市)は5月下旬に抄紙機が1台復旧したものの、完全復旧は9月末までずれ込んだ。また、最大の被害を受けた日本製紙石巻工場(宮城県石巻市)は自家発電設備の一部が8月にようやく復旧、印刷用紙マシンも1台が9月16日に稼働し始め、年内には主力も復旧する予定としている。また、仙台市内にあった段ボール工場、レンゴーの仙台工場は県北への移転を決定。王子チヨダコンテナー仙台工場(宮城県多賀城市)の操業再開は来年2月になる。

 一方、東京電力福島第一原子力発電所から北へ25kmに位置する丸三製紙(福島県南相馬市)は津波の被害こそ軽微だったが、緊急時避難準備地域に指定されて立ち入りが制限されたため、操業を停止していた。その後、環境放射線量率が低いことから、万全の放射線防護対策を施したうえで、7月上旬、3カ月ぶりに操業を再開している。

 こうした個々の生産設備の問題以上に、製紙業界としても大きな影響を受けたのが電力問題である。そこで、日本の電力網の実態を整理したうえで、今後の電力事情改善のあり方について私見を述べたい。本来は電力業界の専門家あるいは経済産業省が話題にする話であり、ほかの業界の人間が口を差し挟むのはお門違いかもしれないが、自分なりに調べて整理した内容を投稿する。

一瞬にして3510万kWの発電能力を喪失

 震災によって東日本は危機的電力不足に陥り、3月14日から始まった計画停電で、首都圏では一時、多くの人の通勤の足が奪われた。また病院などの医療業務では、人命に関わりかねない深刻な影響があった。筆者も、地震発生後1週間は往復2時間半歩いて通勤する羽目になった。私も含め、一般市民の東京電力に対する怒りとこれからどうなるのだろうかという不安は非常に大きなものであった。

 しかし、3月11日に何が起きたかを冷静に見ると、電力会社の取れる手段はほかにはなかったということが理解できる。原発事故だけがニュースになりあまり報道されていないが、翌12日に復旧した発電所は、千葉県市原市にある東京電力五井のLNG火力と電源開発の磯子火力(横浜市)、山間部の水力系のみで、東北電力八戸3号石油火力(青森県八戸市)から東京電力東扇島1号LNG火力(川崎市)まで、一瞬にして3510万kWの発電能力が失われた。このなかに占める原発停止による影響は1237万kWで、全体の3分の1でしかない。これらの情報は電力各社が個々にホームページで公開しているが、残念ながら被害の全貌をまとめて示している情報はない。

 今さらながらの感想であるが、この地震で柏崎刈羽原発や、東京湾岸に多数ある火力発電所にさらに大きな被害が出ていたら、あるいは震災が夏の電力需要期だったら、計画停電どころの話では済まなかったであろう。不幸中の幸いは、停止した東京湾岸の火力発電所のうち五井と大井(東京都品川区)は13日までに復旧したことである。大井発電所などは、敷地内がかなりの液状化被害を受けたなかで発電を再開した。

表1 東日本大震災の被災発電所と復興状況
表1 東日本大震災の被災発電所と復興状況

東日本大震災では一瞬にして3510万kWの発電能力を喪失。長期間にわたって、電力供給に影響が生じた(単位:万kW)

海岸付近に設置されている日本の発電所の弱み

 震災被害の全貌を電力網で確認してみよう。図1は東日本の電力網で、独立行政法人経済産業研究所の資料に最新情報を追加、電力各社ホームページから集めた3月11日の被災状況を示した。東北電力および東京電力の設備だけでなく、日本原子力発電の東海第二原発(茨城県東海村)や共同火力に至るまで、地震と津波により青森県八戸市から茨城県鹿島市までの太平洋岸にある発電所はすべて停止した。その後、火力発電所の復旧を中心に供給能力は急回復しているが、依然として昨年のピーク供給電力からは2000万kWほど下回っている(表2)。

 あれだけの規模の震災が起きても何とかこの程度の落ち込みで経済が持ちこたえているのは、国民の危機意識がもたらす真摯な節電努力の賜物、また電力各社の供給責任完遂へ向けた取り組みの結果であり、奇跡的ですらある。政府は現状に甘えることなく早急に電力需給の安定化を図る必要がある。

 環太平洋地震帯の上に乗っている日本列島は、これからもいつ大きな地震が発生するかわからない。日本の発電設備は原子力も火力も冷却水や燃料を入手しやすいという理由からほとんどが海岸に設置されており、津波に対してきわめて脆弱である。もし、近々に東海地震や関東大震災のような規模の地震、あるいは日本海中部で大きな地震が起きたら、日本経済は立ち直れなくなり、国民生活に及ぼす悪影響は計り知れない。原発の再稼働の是非を議論する時間は、政治家にはほとんど残されていないということを認識すべきである。

図1 北東日本50Hz系超高圧送電網と主要発電所
図1 北東日本50Hz系超高圧送電網と主要発電所

地震と津波のために、青森県八戸市から茨城県鹿島市までの太平洋岸にある発電所はすべて停止した(出典:戒能一成 独立行政法人経済産業研究所「日本の地域間連系送電網の経済的分析」)

表2 東日本大震災後の復興状況(万kW)
表2 東日本大震災後の復興状況"

供給能力は急回復しているが、依然として昨年のピーク供給電力とのかい離は大きい(単位:万kW)

電力会社間の系統連系の実態

 他方、電力会社相互の応援体制である系統連系については、どうなっているのであろうか。東日本と西日本で周波数が異なり、融通できる電力量は限られている。60Hzの中部電力側から東日本へ応援できる電力は、3カ所の周波数変換所を経由して100万kW、同じ50Hzの北海道電力から60万kW、合計160万kWであり、震災によって減少した発電能力の5%にも満たない。電力会社間の連系能力がもっと大きければ、計画停電のような事態にはならなかったかもしれない。東西の周波数の違いという電力供給構造の致命的な弱点が、計画停電のもう一つの原因と言ってよい。

 図1、2に載せているが、煩雑なので表3に全国の系統連系とその能力を示す。同一周波数間の連系でも関西電力・北陸電力・中部電力の3社による連系ではループになって潮流制御が混乱するため、北陸と中部の連系は一旦直流に変換して位相を同期させてから融通するBTB非同期連系を採用している。これは、1999年に運用を始めている。

 また津軽海峡水深300mの海底を250kV、 1000Aのケーブルで43kmを結ぶ北本(きたほん)連系、紀伊水道の海底を関電と四国電力を結ぶ阿南紀北連系も直流送電である。このうち北本連系線は2回線あるが、4月7日の深夜に発生した余震で青森側の上北変換所(青森県東北町)が被災、1回線が8日夜まで、もう1回線は9日早朝まで送電を遮断している。発電所だけでなく連系線や送電線にも十分な震災対応が必要である。なお、北本連系では、夏場は関東地区の冷房需要に合わせ北から南へ、冬は北海道の暖房需要で南から北へ送電する例が多いという。

 表3に斜体字で示した設備は、今回の震災を契機に資源エネルギー庁が増強を検討している設備である。北本連系線の容量は120万kWに倍増するとしており、5月24日付けの北海道新聞によると、当面、90万kWへの増強が決定したとのことである。しかし、ルート選定から土地の取得を経て完成まで10年はかかるであろう。

 実は、仙台市から盛岡市を経由して上北変電所まで、東北電力の500kVの超々高圧送電設備が完成し相馬双葉幹線と接続、6月下旬から運用を開始している。これにより、数年後に電源開発の大間原発(青森県大間町)や東電の東通原発(青森県東通村)が完成することと相まって、東電から北電まで50Hz地域の電力網は一段と安定に向かうはずであった。しかし、原発事故の影響で工事計画の遅れは必至であり、今は、先がまったく読めない状況になってしまった。

 一方、3月23日の発表によると、中部電力は2014年末の完成予定で20万kWへの増強工事を進めていた60Hz側との連系の一つである東清水変電所(静岡県静岡市)の周波数変換装置の完成前倒しに加え30万kWへの増強を決定した。総工費は700億円とのことであるが、これも浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止によって役に立つかどうかわからない。原発停止の問題は、代替電力をどう供給するかだけでなく、このような面にも影を落としている。

図2 中・西日本60Hz系超高圧電網と主要発電所
図2 中・西日本60Hz系超高圧電網と主要発電所

表中のFCとはFrequency Converter(周波数変換)、BTBとはBack to Back(背中合わせ変換 )の略。太字は直流送電、斜体字は今回の震災を契機に資源エネルギー庁が増強を検討している設備

表3 全国の系統連系とその能力
表3 全国の系統連系とその能力

電力網の安定化はどうあるべきか

 今回の大震災により、日本はエネルギーに対する視点を大きく改めることが求められている。第一が、省電力の徹底によるエネルギー効率世界一の地位を定着させることだろう。エネルギー消費を減らす行動がコスト削減や地球温暖化対策という枠を超えて、国民生存の危機を回避するために極めて重要な行動であるという現実を、我々は大きな衝撃とともに思い知らされた。

 こうしたなかで、電力供給を効率よく使って最大の経済効果を追求するための節電の仕組みと省エネルギー、さらに産業界の自家発電量の増加が知恵の出しどころである。省エネや自家発電増強対策が、コスト削減効果だけでなく減産防止効果を生む時代になったという認識が重要である。すでに世界最高のエネルギー効率を誇る日本の産業界であるが、節電を定着させることで、一段とエネルギー効率のよい社会の構築を目指すことができる。

 第2に、緊急事態に対応できる柔軟な系統連系を構築する必要がある。電力会社10社、それぞれの範囲を超えて起きる震災や風水害に迅速に対応するには、全国レベルの司令塔が必要である。外部からは窺い知ることができないが、現体制は速やかに司令塔に情報が集まる仕掛けになっているのであろうか。情報が集まっているとして、司令塔は機能したのであろうか。

 同一周波数地域の電力融通では、電力会社間の連系線利用を管理する一般社団法人電力系統利用協議会および依頼先の電力会社に原則2時間以上前までに連絡し、協議することになっている。しかし、これでは震災のような緊急時には絶対に間に合わないのではないか。仮に、図1に示す50Hz地域全体が一元管理できていれば、速やかに対処できるであろう。60Hzの地域とあわせ、全国を管理する組織があればもっとよい。これは、電力会社の人たちが嫌う発送電分離の効果として検討すべき重要な論点である。

再生可能エネルギー導入と原発停止のバランス

 最後に、供給のベース電力である原発の是非について述べる。だれもが期待する再生可能エネルギーの規模拡大はそう簡単にはいかない。製紙業界では温暖化対策の一環で、所有する重油焚き発電ボイラーに替えて廃材や廃棄物を燃料とするボイラーを積極的に設置してきている。日本製紙連合会加盟企業全体で、現在59基、総出力は業界総電力消費360万kWの11%にあたる40万kWに達したが、2002年から10年かかっている。ちなみに、遊休になった重油焚き発電設備のいくつかがこのたびの電力不足の応援に貢献している。

 この例で示すように、原発の能力に相当する発電容量を確保するためには10年程度の時間が必要である。その間に大きな災害が起きたら大変なことになる。既設原発は貴重な国民資産を投入して設置した設備であり、少なくとも耐用年数期間くらいは運転するべきではないか。「万一のとき危ないから止めてしまえ」という気持ちはわからないではないが、即廃止は税金の無駄使いでありもったいない。

 原発で保管している使用済み核燃料を含めて、核燃料をどこか人のいないところに持っていかなければ放射能の問題は解決しない。しかし、だれもそれを引き受けてはくれない。原発を止めても動かしても、万一の自然災害が起きた時に被る影響にほとんど差はない。一方で、原発を止めてしまい代替電力がなければ、電力不足で深刻な経済災害が起きる。ただし、今よりはるかに高レベルの安全対策が必要であるのは当然である。それを立案し指導するのが政府の仕事ではないだろうか。

 休止している無傷の原発を再稼働させなければ、東日本の被害と経済的混乱を日本全体に拡散させてしまう結果になる。年末にかけて稼働中の原発が次々定期検査に入り停止する。定期検査後に運転再開が果たせなかったとしたら、来年の電力供給能力はもっとひどいことになる。

 原発問題は中長期政策と短期的対策とを切り離して議論する必要がある。短期的には震災後の電力事情を考え、定期検査を終え安全が確認できた施設は1日も早く運転再開をするべきである。中長期的に原発をどうするかについては、早急に我が国のエネルギー政策を立て直して方針を決める必要がある。

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