ポスト京都に向け、次の手を探る欧州


元大阪大学特任準教授

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 欧州が、ポスト京都に向けて新しい動きを見せている。本稿では、2009年の第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)から今年初めまでの欧州の状況を簡単に振り返った後、欧州の動向について、あくまで筆者の個人的見解であるが解説を試みたい。まだ欧州歴は浅いものの、欧州産業界の議論に直に接している者の見方として、多少なりとも参考にして頂けたら幸いである。

 筆者が2010年1月にブラッセルに赴任してから1年半たった。赴任後すぐに、欧州の気候変動政策研究者の話を聞いた際、想像以上に悲観的な彼らの見方に驚いたことを今でも思い出す。京都議定書の延長線上に、米国や途上国を含めたグローバルCapを設置し、グローバルCap & Tradeに世界が進んで行くことを真摯に期待していたEU(欧州連合)の気候変動政策担当者にとって、COP15での挫折は想像以上に大きなものだったようだ。その後、米国のオバマ政権に期待をかけ、米国がCap & Tradeに進むことに一縷の望みを抱いていたようだが、その望みも昨秋には、少なくとも当面の間、絶たれてしまった。

 産業革命以降の温度上昇を2℃以下に抑制するという450ppm目標に基づき、グローバルにトップダウンで排出削減目標を設定していこうというEUのアプローチは、地球規模で法的拘束力のある総量Capを設定できなくなってしまった以上、説得力を失いつつある。世界の二酸化炭素(CO2)排出量の1割強でしかないEUが単独で2℃目標に突き進んだとしても、実質的な効果がどれだけあるか疑問視する意見が、EU域内で増えつつあるようである。こうした動きを受けEUは、2℃に替わり、EUの政策を正当化するための新たな理念を模索しだした。しかし、この転換は簡単には進まぬまま、従来の慣性で動いているようにも見える。もちろん、新しい理念を打ち出したとしても、再生可能エネルギーの導入や省エネによる域外からのエネルギー輸入の低減、イノベーションの促進など、実際の行動にはあまり大きな変化はないとみられている。

COP16の結果に関しEUはより悲観的

 2010年のCOP16以前、京都議定書延長論についての欧州産業界の見方はとてもクールだった。欧州産業界にとって、EU-ETS(欧州排出権取引制度)はなくならないものであり、CDM・JI(クリーン開発メカニズム・共同実施)は、遵守コストを安価にする大切なツールの一つとされた。EUの2020年排出削減目標が、1990年比20%から30%に深掘りされない限りにおいて、CDM・JIを維持するためだけに京都議定書の延長に賛同することは、論争にすらならない当たり前のことであった。

 むしろ欧州産業界は、EU-ETSの2013年以降の無償割り当てに直結する、ベンチマークの設定方法や、CO2以外の温室効果ガスであるハイドロフルオロカーボン(HFC)と一酸化二窒素(N2O)由来のCDMクレジット使用制限等に注目していた。

 COP16の結果については、一般的には、国連による多国間交渉や、京都議定書が引き続き有効であることが示されたと、前向きに評価する声が多い。実際、COP15よりは確実に前進している。一方で欧州では、2013年以降の国際的な法的枠組みが依然不透明なままであり、グローバルCapの可能性が遠のいたことなどに対し、より悲観的な見方が多いように見受けられる。EU-ETSを運用中のEUは、域内政策の正当性や公平性確保のためなどに、しっかりした法的枠組みを嗜好しており、カンクン合意のような、いわゆる「Pledge & Review(誓約と評価)」方式への移行に、相当なためらいがあるようだ。

 こうした状況の下、EUの2050年までの排出削減パスを示す、低炭素ロードマップが採択された。これは、2050年までにEUの排出を90年比80~95%削減するための道筋、EUの意思を示したもので、トップダウン的なモデル計算で作成されたものだ。

図1 EUが公表した低炭素ロードマップ
EUが公表した低炭素ロードマップ

EUはトップダウン的なモデル計算を基に、2050年までの排出削減パスを示す低炭素ロードマップを作成した(出典:European Commission “A roadmap for moving a low carbon economy in 2050” 2011年3月)

EUが示した2050年までの低炭素ロードマップ

 このグラフから、いくつかの興味深い点が読み取れる。

 まず、2020年までに90年比20%削減という現在の目標は、現状の政策の継続で十分に達成可能と見ていることがわかる。さらに、EUがすでにコミットしているエネルギー効率20%改善目標を達成すれば、域内だけで25%の削減可能であることを示している。

 興味深いのが、毎年の排出削減率である。当初、2050年の80~95%に向けて、現状から一直線の削減を計画するとも言われていたが、現在の状況や、産業界からの「新技術の商業化にかかる時間や設備投資サイクル等の実情を勘案すべき」といった要請などを受けて、当初の削減率は緩く、2030年以降に大幅に削減することにしている。具体的には、2020年までは年率1%削減、その後2030年までは年率1.5%削減、2030年以降は年率2%削減になっている。さらに最終的な域内削減量も、コミットした80~95%のうちで最も緩い80%に設定しており、総じて、2020年までは可能な限り排出削減目標が緩くなるパスを示しているようである。

 一方で電力セクターは、2050年までにほぼ100%削減することが期待されており、そのためには、EU-ETSの毎年の排出総量Cap削減率(年1.74%減)を、2030年に向け強化していく必要があることが示唆されている。

 さらに、こうした排出削減策を実施する理由として、気候変動対策だけでなく、域外へのエネルギー輸入依存度やエネルギー購入費用の低減、新規雇用創出や、大気汚染や健康への悪影響の改善などをあげているのも興味深い。温暖化対策というだけでは、排出削減策への広範な支持を得られなくなって来ていることが伺える。さらに、中国やブラジル、韓国の例を挙げつつ、「途上国がイノベーションに対して積極的であり、EUは立ち止まっていると遅れてしまう」と指摘し、危機感を煽っている。

 短期的には野心的な排出削減目標を設定できないものの、なんとかコミット済みの長期目標と辻褄を合わせることに成功しているロードマップから、EU政策担当者の苦労が伺える。しかし、このロードマップをテコに、国際政策を動かしていけるかと言うと、疑問に思う点がいくつかある。

EUは排出権価格の維持に躍起

 さらにEUは、2020年目標を30%に引き上げることで、国際的な議論をリードしたいとの思惑があるようだが、その関連の議論からも、2020年頃までの炭素価格が低迷しそうな状況にあることが推察される。欧州委員会は2008年に、2020年頃の炭素価格を1tあたり約30ユーロと推計していたが、その後の経済危機等により大幅な余剰排出枠が生じ、2020年頃の排出権価格は20ユーロ未満にとどまるとの見通しも出ている。そこで、2020年目標を30%に設定しなおすことなどで、排出権価格を30ユーロに引き上げようとの議論が出ているわけだ。しかし、こうした動きに対して、30ユーロに引き上げるというだけでも、欧州産業界から国際競争力の低下等を理由にした、強硬な反対論が噴出している。ひとけた以上高い炭素価格が必要な目標を議論している日本とは別世界のようにも見える。

 炭素価格低迷への政府側の懸念は大きい。2013年以降本格化する排出権オークションに期待されていた、何兆円規模の政府への追加収入が、画餅と化してしまう可能性が出てきたからだ。これを受け、従来有効だとしていたクレジットを後から無効にするとのルール変更を、民間企業の意見を反映させずに決めてしまった。国連で承認されている一部のCDMクレジットを2013年5月以降無効にしてしまったのだ。市場がスタートした後にこうした政府介入が起きると、民間企業は市場を信頼した行動を取ることができなくなり、本来期待されていたような投資が起きなくなる可能性がある。政策次第で何でも起きてしまう、排出権取引制度の脆弱性が白日の下に曝されたとも言える。

 少なくとも2020年頃まで、CDMや現在検討中の新しい市場メカニズムから創出されるであろう国際クレジットへの需要があまり多くないことが明確になってきた点は重要である。少なくともEUでは、現在を上回る規模の国際クレジット需要が創出されない可能性が強くなった。この点が、途上国を巻き込んだ今後の国際交渉に与える影響は大きいかもしれない。排出権を通じてEUから途上国に流れる資金が、現在よりも増加しないどころか減少するかもしれないことが、ロードマップを通じて明確になってきたのである。

 それだけではない。日本の二国間クレジットに触発されたのか、EUでも類似のクレジットを獲得することを目指した動きが、中国やブラジル、南アフリカなどを相手に開始されつつある。EUらしい、したたかな動きとも言える。国連での新市場メカニズムの議論がどうなるかわからないが、需要が明確でないまま、供給だけ増加させる議論がうまく進められるのか、今後の展開が興味深い。

 2050年低炭素ロードマップは、まだボトムアップによる個別セクターなどでの具体的対策の裏付けが十分ではない。今年後半に発表予定のエネルギー・ロードマップなど、低炭素ロードマップを実現するための具体策の詳細を注意深く見ていく必要がある。欧州産業界は、EU-ETSの総量Cap削減率の見直しなどについてすでに反発しだしており、そうした議論がどの程度影響していくかも興味深い。

 EUの今後の国際交渉戦略は、まだ明確になっていない。域内政策を固めつつ、手探りを始めつつあるように見えるEUが、国際戦略をどう組み直していくのか、今後のEUの動きには引き続き留意が必要だろう。

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