50年後を見据えた世界のエネルギー・気候変動問題の解決策を


国際エネルギー機関事務局長(※論考掲載時 現・(財)日本エネルギー経済研究所特別顧問)

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 今日、経済のグローバル化、資源価格の上昇、新興国の急成長、気候変動問題への対応など、世界の経済社会を取り巻く環境が大きく変化しています。この「不確実性」の時代に、国際エネルギー機関(IEA)は、50年後も見据えて世界が発展を続けていくためのエネルギー・地球環境政策のあるべき道筋は何か、各国の政府や企業のよりどころとなるベンチマークを発信することに務めています。NPO法人国際環境経済研究所(IEEI)が地球温暖化対策への羅針盤たらんと、分野を超えて有識者の議論を促進し提言を発信していくことは時代の要請に応えるアクションであり、IEAと方向を一にする活動だと思います。

 昨年11月にIEAが発表した「世界エネルギー展望2010」では、各国がエネルギー・気候変動政策を慎重に展開する現実的な道筋を「新政策シナリオ」として新たに示したのですが、中国をはじめとする新興国の成長に伴い、2035年までに世界のエネルギー消費は36%増加し、二酸化炭素(CO2)の排出量も21%増加すると見込まれます。しかしこれは大気温が3.5℃上昇することを許し持続可能とは言えないうえに、石油輸出国機構(OPEC)からの石油生産に対する依存度が現在の4割から5割に上がるなど、エネルギー安全保障面でのリスクも増大してしまいます。

IEAは「450シナリオ」を提言

 地球温暖化を防止するためには、2050年までにCO2排出量を現在のレベルから半減させ、大気温の上昇を2℃に留める必要があるといわれますが、IEAでは温室効果ガス濃度を450ppmに安定化させるシナリオ(通称450シナリオ)を提言しています。この実現は簡単ではなく、二酸化炭素原単位(単位GDP当たりの二酸化炭素排出量)の改善率をこれまでの4倍に速める必要があり、省エネ、再生可能エネルギー、原子力、二酸化炭素分離貯蔵(CCS)、電気自動車など低炭素技術を総動員する必要があります。

 今回の450シナリオは、COP15のコペンハーゲン合意における各国のプレッジ(誓約)が必要量に満たなかったことを受けて作成されました。一昨年の450シナリオよりも遠回りする分、1兆ドル余分にコストがかかり、2035年までに、新政策シナリオに対して13兆ドルの追加投資が必要になると見ています。二酸化炭素の価格も2035年に1t当たり120ドルになります。450シナリオの実現は、非常に難しくなったと言わざるを得ません。しかし実現できれば、石油需要の伸びを人類史上初めて止めることになり、エネルギー安全保障上も大きな価値があります。

 カンクンのCOP16でIEAが主張したのは、気候変動交渉の国際合意を待つことなく、各国が今すぐ450シナリオの実現に必要な国内措置を取るべきであるというボトムアップ戦略です。各国は低炭素化の国内措置を大胆に進めることで、燃料節約の経済面やエネルギー安全保障上の「自国のメリット」を享受でき、地球大の課題の解決にも貢献できます。誰が何をやるべきかを450シナリオのなかで明らかにしており、例えば産油国においては炭化水素補助金の撤廃、中国では省エネやCCS、電気自動車開発、先進国は省エネ(特に米国)と再生可能エネルギー、原子力発電の普及などが重要です。

日本企業にとって、またとないチャンス

 地球温暖化対策における日本の役割ですが、世界のCO2排出に占める割合は4%にすぎず、日本そのものの排出削減ポテンシャルは小さいうえに割高です。しかし、得意とする低炭素技術の開発・普及を通じた世界の排出削減への貢献は計り知れません。IEAは、昨夏の「エネルギー技術展望2010」で、450シナリオをさらに2050年まで伸ばし、今後新たに開発する技術を含めた長期の道筋を示しました。この達成には、46兆ドルの追加的な投資が必要と分析しています。

 これは最先端の省エネ・環境技術を有する日本企業にとって、またとないビジネスチャンスです。エネルギー需要の伸びが著しい中国やインド、太陽熱発電のポテンシャルが大きい北米大陸や北アフリカなど、これから新たな技術が新たな市場を生んでいきます。優れた製品に留まらず、システムをコーディネートする力も磨きながら海外に展開していく戦略を果敢に進めていくべきではないでしょうか。

 エネルギーと地球温暖化問題は、人類に突き付けられた課題ですが、知恵と行動により、次の発展段階に至る糸口になるものです。IEEIが、質の高い政策や技術にかかる議論や提言を内外に発信し、50年後の世界の繁栄の基礎作りに貢献されることを願っています。

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