あなたは情報発信しているか?


東京大学先端科学技術研究センター特任教授

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 日本からの情報やアイデアの発信の必要性が叫ばれてから久しい。しかし、状況は思ったほどには改善していない。例年2月に開催されるダボス会議(世界経済フォーラム)には、今でこそ、日本の首相も日帰りに近い形ででも出席するようになった。だが、単にそこで話してくるという以上の積極的な意味は見いだせない。そもそも1年で替わる首相の話など、誰も真面目に聞かないだろう。

 1980年代初頭の日本の絶頂期であれば、どんなに下手な英語で話をしても、相手は日本の言うことを聞きもらすまいと一生懸命だった。それは、背後に経済大国日本に対する尊敬と脅威があったからである。世界に対する日本の影響力、あるいは日本に対する世界の関心が目に見えて低下しているなかで、日本からの発信は、よほど内容が充実していないと誰も聞いてくれない。まず、こうした状況認識の共有が必要だ。

 これに関連して筆者が残念に思っているのは、未だに残る欧米信仰である。たとえば政府の審議会での議論で常に出るのは、「EUでは排出権取引(ETS)を導入しているのに日本はなぜやらないのか」とか、「スペインやドイツで再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を導入して『成功』しているのに、なぜ日本は追従しないのか」という議論である。

 この発想を引きずっているのが日本から海外への調査団である。同じようなテーマについて、顔ぶれを変えながら欧米に大規模な調査団を送る。このなかには、英語ができずに議論に加われない人もいる。ときには日本大使館員も動員されて、ご苦労なことである。情報発信どころか受信専用である。

 相手から見れば、毎回同じような質問を受けるだけで見返りはない。もし筆者が相手の立場であれば、時間の無駄であるので真面目な対応をしないだろう。真面目にやるのは、たとえば日本にEU-ETSを採用させる意図があるような場合だけである。

海外に出かけるビジネスパーソンの義務

 もちろん、日本で書類をいくら読んでもなかなか実態は分からない。出張して、相手から直接話を聞くのはそれなりに意味がある。しかし、せっかく行くのであれば、自分の意見、あるいは日本が導入している政策について、相手を説得して日本の意見に賛成してもらうのも大きな役割である。相手から見ても、日本からの出張者との議論を通して学ぶ機会が多ければ多いほど時間を割いた意味があり、もう一度議論したいという思いに駆られるであろう。こうしたことで人脈ができ、彼らが来日するときに会いに来てくれたりするのである。

 もう一つ大切なことは、海外の有力紙への投稿である。例えば、英フィナンシャル・タイムス紙などでは、日本人の投稿は滅多に見かけない。残念ながら、今はじっと座って構えていれば外国紙の特派員が意見を聞きに来る時代ではない。積極的に投稿するとともに、海外に出かける際には、極力、現地の有力紙の記者と接触し、意見を述べることが必要である(筆者は力不足のため、これまで仏ル・モンド紙に一度しか意見が掲載されていないので、まったく偉そうなことを言えた立場ではないのだが)。

 気候変動枠組条約締約国会議(COP)には、毎年、多くの日本のビジネスパーソンが参加する。このことは、現地での雰囲気を知るうえで大変よいことだと思っている。このうち何人かは、サイドイベントで壇上に上がって意見を述べる。ところが大多数の参加者は沈黙し、単にイベントに参加するだけである。

 こうした国際的な場では、「日本が省エネにどのように努力をしているのか」あるいは「日本の自主的手法が、なぜうまくいくのか」を、ぜひ伝えてほしい。技術のことを何も知らずに観念的に技術が大事であるとか、単にモデルを回してGDP(国内総生産)の1%のコストで大幅削減が可能だなどと主張しているプレゼンテーターに対して、フロアからその無意味さを指摘するケースはまれである。この点はNGO(非政府組織)の方が勝っている。

 こうしたイベントに出席する際には、できるだけ司会者から目につきやすい席に座り、積極的に挙手をして発言すること。これがCOPに参加するビジネスパーソンの最低限の義務であると考える。

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